2017年06月06日

イメージの価値


時々家を建てる話になる。


「完成図も設計図も無くいきなり柱立てたって家は建たない。演奏も一緒。演奏の理想(完成図)無くさらっても仕上がりはしない」


初見でさらい始める時は理想も何もイメージわきにくいが、既に知っている曲だったり一通り譜読みした後ならば、まずやらなければならないことは、もう一度さらうことではなく、その曲をどのような表現に仕上げるかイメージすることでしょう。

このイメージなく繰り返し繰り返しいくらさらっても、変化はあれど仕上がりはしない。


卓越した演奏家が、初見や二回目で既に様になるように表現するのは、日常的に、練習のほとんど全てがイメージすることと合致しているからだ。

もちろんさらっていくうちに、更に豊かな音楽観になっていくこともあるだろう(完成図の変化)。

ただ、常に表現や色合いに対する理想こそが頭の中にあって練習をしなければ、意味のない時間を繰り返しているのだとも言える。


そう考えると、演奏家のスキル、演奏の価値というのは、出ている音や奏法、技術にあるのではなく、頭の中(心の中)で決まるのかもしれない。

完成図、設計図というと、アイテムとして「楽譜」と思いやすいが、それはまるで違う。図といいながら、実際には二次元の媒体は存在しない。


心の中という見えない、そして形のない人間の欲求が、演奏と演奏家の価値の全てになる。


N響練習、ジパング

posted by take at 21:20| 活動報告