2017年03月23日

向かってなんぼ


コース料理の難しさという話を以前書きました。これは義母から教わったこと。


「コース料理はメインディッシュが一番美味しく食べられなければならないのよ」


深く考察すると、なんと難易度の高いことか。

前菜、サラダ、スープ、パン、魚料理、肉料理、デザート。

もちろんメインは肉料理だが、それを美味しくではなく「一番美味しく」なのだ。

じゃあ不味いものから始め徐々に美味しくしていけば?なんて考えるが、当然そんな話じゃありません。不味いもん食べても、ディミヌェンドすることはあってもクレッシェンドすることはない。

「だから、最初から塩分含め濃い味付けはありえないのよ」

義母の言葉は府に落ちすぎる。

ただもうひとつ問題が。

お腹が一杯になっていくのである。空腹は最高の調味料なのだから、実は前菜を一番美味しく感じるように身体はなっている。様々な味を経験し、上乗せし、色足しをし、そして満腹への満足値は上昇していく。

神業に近い。それを食べると逆にどんどんお腹が空いていくとか、物足りなくなっていくとか、そんなあり得ないことが起こるなら、まだメイン最高は容易になる。


演奏もそうだ。

最初から印象が悪くスタートするわけにはいかない。後で良くなっても、特とは言えない。

しかし名曲であればあるほど積み重ねた時間、その後半のどこかで、自然と最高の感動が訪れるように作られている。

演奏が始まる前は空腹ならぬ空耳であり空心。そこに音と音楽の印象を、まさに「時間をかけて」積み足してていく。

最初から印象深く心が揺さぶられたとして、それが持続し、頂点でより感動するのだろうか?

だからといって、淡白にスタートして、それは時間の歓喜の積み重ねとして成立するのか?

ひとつ言えるのは


「だから、最初から最高の興奮はあり得ないのよ」


最高の興奮をずっと続けても、コース音楽を聞いている人はただ飽きていくか、疲れていくだけだろう。

そこには印象的な琴線への揺さぶりはあるかもしれないが、流れていく時間の魅力は、実は薄く薄ーくなっているのだと思います。

だから、最初からフンフン鼻息荒いなんてのはセンスは良くないのだろう。音も音楽もコース料理の極意も


『向かってなんぼ』


である。


クリニック
人生もかくありたいものです。

posted by take at 18:53| 活動報告