2017年03月17日

楽器の存在理由


音楽も楽器も大好きだが、結果吹いている演奏は自分のやりたいことになってない人がいる。というか、そういう人多い気がします。

本当にやりたいことに到達できてないといえば、僕もそうだしほとんどの人がそう言うだろう。

ただそうではなく、当人が客観的に聞いたら、まるで自分の吹きたいことと違うことをやっているという人。

「自分、なんでこんなこと吹いてるんだろう?」

みたいな。


この人は、楽器を吹くことは好きだが、自分を表現する媒体として存在しておらず、ただ楽しんでいるだけなのだと思います。


お前はどうだと聞かれたら、

「楽器を吹く行為自体はもちろん大好きです。音が出ると嬉しいし、良い音出るともっと嬉しいし、振動も快感だし。しかしそれ以上に僕にとっては、自分の気持ちや存在を音にして表現するものとして存在しています。トロンボーンの演奏で、自分の本当の意見を一滴残らず表現しきりたい」

となる。

一滴残らず表現しきるために技術は必要。達者に吹けるようになるためにも技術を鍛練してはいるが、それ“だけ”では限界にぶちあたる。

こんな風に自分を表現したいのに、これができないからできない!からできるようになる、みたいな気持ちが一番良い向き方に感じる。


楽器を吹くことは楽しい。しかし

「口や表情、身ぶり手振りをもってしてもやりきれないような自分の意見を、楽器でこそ表現したい、やりきりたい」

という欲求が自分にあるかないか。

周りを見ると、ある人こそが楽器を手に職業として生き抜いている、そんな気がします。


レッスン

posted by take at 13:24| 活動報告