2017年03月12日

被災地の七年目


被災地大槌は変わった、という話を聞いていたが、僕にはさほど変わってなく見えた。これは、僕の思う「6年も経ったらこうだろう」という町の姿とはかけ離れた姿に見えたからだ。まだ更地にいくつか建物があるだけにしかうつらなかった。


地元の人に「時間がかかりすぎてますね」と投げると、「いや、速いですよ。こんなに良くしてもらってありがたいです。チリ地震のあとなんて、6年でも全然変わらないと聞きます。自衛隊にも警察にも、国にもとても良くしてもらってます。本当に感謝です」という意見を聞いたが、僕にはそうは感じにくかった。それは僕の「こんな惨状に陥った人たちには、もっと普通の生活に戻るべく、スピーディーにケアされるべきだ」という気持ちがあるからだ。実際仮設で暮らしている人はまだ多いし、町に戻らない人が多い現状、震災後に自ら命を絶つ人がいる現実がある。町の姿にはなっていないし、活気や笑顔は足りていないようにしか見えない。


速い、遅い、暗くばかりなっててもしようがない、明るく前向きに、酷い、絶望、現状に感謝、憤慨、楽観的、悲観的……

本当に意見は様々だ。余裕のある人ない人で、言うことも変わってくるだろう。


今年の3月11日は、津波と地震のリアルな映像が、例年より多くメディアに流れた印象。そういう時期なのかもしれない。これまた「現実だからもっと流すべきだ」「見たくない、語りたくない、忘れたい人がいるのに」「子供には見せたくない」等様々な意見がある。

僕は、3月11日、1年に1日のみならずもっと頻繁に流すべきだと思う。時間が経ったこれからがこそがいいのかも知れないが、もっとそういう気運になってほしい。

「風化させてはならない」と言いながらメディアは流さず、結果現実感から遠退いていく方を選んでいる。

被災地の子供たちですら震災そのものの現実を知らない世代になり、また語り部もいなくなっていってるのに、率先すべきメディアが目の当たりにする機会を作らず、まさしく封印しているムードにすら感じられ。

「私は、映像はどんどん流してほしい。もちろん子供たちに教育はしてるが、目の当たりにする機会がない。あの現実あっての今なんですから。これから日本はどこでもおこりうるんだから、あれを見てちゃんと逃げてほしいし、防災をしてほしい。いろんな意見はあるが、私はそう思ってます」

前述の地元の人の言葉。


旧役場は壊すべき残すべき論争がありながら、残っている。見るのが辛いという人の意見を汲んでいるような流れもありながら、でも6年間花がたむけられ続けている。

僕は残すべき派だ。


いろんな意見がある。その人の割合も年月と共に変わっていく。


僕は常に、自分の印象と価値観を信じ判断し行動したい。

いくら変わった部分あれど、変わらなければならないことにはまだまだ時間がかかっている。そういうふうにしか見えないし、思えない。

楽観的なムード作りは大事だが、同時に希望をもって戦うためのエネルギー源、「本物の思いやり」を生む関心は足りていない。

被災地大槌の人が述べる謝辞にこそ、周りに対する思いやりと関心がこもっているように感じられ、感動しながらも、決意新たに大槌をあとにしました。


帰京。トロンボーンフェスティバル、ピースオブイヤー審査。

posted by take at 19:13| 活動報告