2017年03月05日

留学生


今回の旅、それぞれの町で留学生たちの話を聞くのが楽しい。


日本にいる留学経験の無い楽聖たちは、外国で学び生活をしているというだけで「凄い!素晴らしい!カッコいい!」となるのでしょう。

現実は「その通り」です。

言葉も自由に通じ緊張なく暮らせる日本と比べ、強い精神力で、知らない習慣や思想、食べ物や生活環境と向き合うこと自体凄いこと。

日々常に勇気と決断力を要求されるのが留学生活。そこから獲られる豊かな価値観、強い心、世界を知る喜びは本当に素晴らしいし、カッコいい生き方です。


同時に、留学生には常に不安もある。

まず、日常的な不安。どんなに慣れたって、日本よりわからないことはわからない。通じなくてスルーする結果になることも。

それ以上に

「結局、自分はどこでどうやって、何をやっていくのだろう」

という、自分の未来に対する不安は心にあり続けるのでしょう。


「それは日本で楽聖をやっていてもそうです」

そりゃそうでしょうね。ただ留学生は、

そこにい続けたくても叶うかどうか、
日本に帰りたくても帰ってさあどうする、
ヨーロッパの他の場所で勉強を続けるか、
どこで根を張るのが良いのか、
そもそもEU人優先のこの場所で日本人の自分は職を得られるのか、
今交際している人とはこのあとどうなるのか等

日本にいるよりも選択肢が多い上に、何を選んでも結果どうなるのかが想像しにくい。それが多国籍なヨーロッパにいるということ。

その不安は、凄く素晴らしくカッコいい日常に横たわり続ける。


だから強くもなるし、人生の糧をより掴んでいく。

ただ最終的には、日本人として生まれたが外国で暮らしているというエキサイティングな人生を、更に超えていく存在理由

『自分だけの生き甲斐がもてるかどうか』

だと思います。


演奏家なら、何を表現する演奏家になるか。職を得ることは大事で、目を背けてはならないことだが、たとえポストを獲ても、それが外国でも日本でも、「仕事のパーツ」としてだけ存在しようとすれば、それは「上手い演奏家」になればよい。本当に上手ければ、職は手に入るでしょう。

しかし上手い人は何気に多く、価値あるトロンボーン演奏も多い。


じゃあ自分はなんなのか


本当はどんな演奏をしたいのか。表現したいのは技術なのか。

留学生たちは、人の心を揺り動かしたいと思っているのか、実は違うのか。

『パーツになるな』というコピーを見たことがある。

留学生たちと話し、彼らの希望や不安を聞きながら、本当に一番大切な欲求というのを考えさせられる。

日本の弟子たちもだが、この地で戦っている彼らにも、それこそが宿っていることを願ってやまない。


移動日

posted by take at 19:40| 活動報告