2017年02月11日

驚きの再会


僕は、長らく「THE BOOM」のファンだった。CDを聞きあさり、武道館にライブを観に行ったり、カラオケでも10曲くらいは続けて歌っていた。30代後半の話ですが。

一昨年、解散するという話題の際、テレビで久々に宮沢和史さんの姿を見ました。ニュースには驚き寂しい気持ちにもなりましたが、彼のことだから、何かこれからの考えあっての解散なんだろうなーと思った記憶があります。


今回の沖縄滞在の初日の夜に、楽聖から「今年度から宮沢和史さんが県芸の非常勤講師をしている」と聞いて、たいそうびっくらこいた。


「まじかっ!!知らんかったがー」


調べると、沖縄市内に四年前から「みやんち」というカフェをオープンしており、THE BOOM解散から1年で芸大の講師になったようだ。

「島唄」と「風になりたい」くらいしか知らない楽聖に、彼と彼の音楽がいかに素晴らしいか、その魅力を熱くるしく語ったのは言うまでもない。僕は飲みすぎてあまり覚えてないのだが、一昨日のコンサートの打ち上げでもチューバやホルンの楽聖相手に、むさ苦しく語っていたらしい。



五日に渡る沖縄滞在の最終日の今日、大学に着くと、なんとこんなチラシが貼ってあるではないか。


『宮沢和史講師特別公開授業
2017年2月3日金曜日
14時から
「沖縄都八重山民謡大全集CDボックス『唄方』と島唄」』


なんとかー!!しかも一般公開、入場無料、先着80人までと書いてある。レッスンの終わりに聴講可能だ!!!

即決で受付名簿に名前を書き、楽聖と共に聴講することに。前から二列目、目の前に宮沢さん。ファンとしては信じられないような驚きの再会となった。


二時間に渡る講義と演奏で、現在の彼の生き方、目指しているものが明確に見えた気がしました。

沖縄の音楽、民謡含めた文化が忘れ去られるのを危惧し、次世代に伝えたい沖縄民謡245曲収録した17枚組CDBOXを五年がかりで制作。今回はその完成がタイトルになっているタイミングでの講義だが、宣伝の様相はまったくなく、忘れ去られる民謡と共に、もう県民も1割くらいの人しかわからない沖縄の方言(民謡の歌詞)の存続に対する思い、島唄ヒットの後一気に需要が増えた三線の材料であるくるちの木の不足を嘆き、植樹プロジェクトを始めたと。

『―くるちの杜100年プロジェクト―
このプロジェクトは、アーティスト宮沢和史さんの「100年後の沖縄をくるちの杜でいっぱいにしたい」という想いに賛同した有志により発足したものです。沖縄文化の象徴、三線。その棹の原料である黒木(くるち)を毎年植樹し、100年かけて育てていこうというプロジェクトです。三線の始祖・アカインコゆかりの読谷村から沖縄中そして世界へ。』

実際、三線の材料としてくるちが育つのに100年以上かかるのだそう。


宮沢さんの語り口は知的で穏やか。しかし内容は極めてわかりやすく、改めて彼の聡明さを感じると共に、あの成功の後、人生の後半を未来への文化の継承、困難な道への挑戦を計画的かつ知的に、しかし熱く進めることにかけた彼の人間性に強い徳を感じました。


突然であり偶然のタイミングとはいえ、帰京前の一時、心揺さぶられる素晴らしい体験となる講義でした。

ちなみに、宮沢和史さんは昭和41年生まれの51歳。僕と同い年。



沖縄県芸レッスン。帰京。

posted by take at 21:41| 活動報告