2017年02月06日

三種の神奏


アンブシュアとかアパチュアとか、結局とても大事である。


『金管のアンブシュアは息の向き含め三種類に分類できる』と、最近パイパーズ等でも発表されていたように、正しいアンブシュアは決まった一種類ではない。

ただ「こんなんはダメでしょ」みたいなのはある。

簡単に書くと、動きまくるものや、空気が歯の外側にたまってしまうもの、つまり余計なムーブメントのある安定して見えないものは良くないとなる。

そうでなく、細かい動きやフォルテの吹き込みに対しても動かない、ないしは極めて動きが少なくとにかく音が並ぶのであれば、どんな場所で吹いても良いのでしょう、鼻でも。


しかしアパチュアというものは、どんなんでもいいとはならない。大きさはどうでもいい、平べったくてもどんな形でもいいとはならない。

そんなアパチュアはアンブシュアと違って目視できない。透明プラスチックのマウスピースはあるし、リングもあるが、普段の吹き込みに対して一体どうなっているのかは正確にはわからない。

ただひとつ知っておきたいのは、アンブシュアもアパチュアも


「名手たちは、見た目の形から入ったわけではないのに、自然と理想のものになっている」


ということ。つまり演奏に対する理想が、自動的に身体の一部を理想的な形にしていったということ。(スライディングも本来そう)


結果とても大事なアンブシュアやアパチュア。実はその形に影響を与えているのは、


「息の量」「音の形」「舌のアプローチ」


このみっつ。このみっつが正しくないと、正しいアンブシュア、正しいアパチュアにはならない。このみっつが間違っている人が(あえて間違っていると書く)、上記のような癖のある形になっている。


つまり形から入っても無駄だということ。きちんとした三種の神奏がなされてないと、結果吹けないものは吹けない。


大塚へ。

posted by take at 18:14| 活動報告