2017年02月28日

カリーヴルスト36

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5年くらい前だろうか。にじいろジーンを見ていたら、ジーンちゃんがベルリンを旅していたことがあった。当時のベルリン、カリーヴルストのスタンドが大流行してると。


そーなんだー


カリーヴルストは、グランドメニューの中にもあるが、ボックやブラーテン等盛り合わせた中のひとつってイメージがあった。ついに一人で店を持つまでに成長したか、頑張ったねカリヴル。流石インディアスパイシー。

直ぐに留学中の黒金君にメールをしました。

「カリーヴルスト36って店流行ってるの知ってる?スタンドで行列できてるよ」

直ぐに返事あり知ってると。現地の留学生の間でも話題になってるよう。

あれから、カレー粉れ5年の年月が流れ、再びベルリンに降り立った僕は、積年の夢を叶えるが如く目指すことにする

「いざ、カリーヴルスト36っ!!」


地下鉄を乗り継いでメーリンダムという駅へ。地上に出ると、直ぐに店は見えていた。で、やはり行列になってます。

皮付きを二本とフライドポテトをつけてオーダー。

「ケチャップかマヨは?」

とお馴染みの質問。「両方」と答えると、まあそれはそれはドバドバ凄い量かけてくれました。

もちろん美味しいB級グルメなのですが、ケチャップかけすぎやね。カレーの味わかんないくらい。

とにかく5年越しの憧れのファストフードをついに体験でき、満足満足でフィルハーモニーでの本番に向かいました。

演奏はもちろん、カリー36パワーで吹ききりましたよ。(^^)


N響ベルリン公演。

posted by take at 17:27| 活動報告

2017年02月27日

ベルリンフィルハーモニー


今日はフィルハーモニーでのリハーサル。ここで吹くのはかなり久しぶりになります。

実は2月のベルリンということで、零下や雪まで覚悟してきたのですが、かなりな拍子抜け。昨日は少し冷えていたものの晴天になった今日は暖かいほど。こんなとこでも温暖化を感じると同時に、−20度くらいまでいってたあの頃と比べて空気も違うのでしょうね、アコースティックもそれだけで違って感じるかもしれないと思いながら音だしを始める。

想像してたものの、やはり日本で聞こえる自分の音と違う印象のスタートになりました。ちょっと聞こえづらい。もちろんいつもの感じにもっていこうと身体はするので、時間をかけてだんだんこのホール仕様の吹き方になっていく。

ある程度、自分の音が聞こえやすくなってきた頃、リハーサルが始まりました。

ベルリオーズや小品等は吹いたことがあったのですが、今回はマーラーにショスタコーヴィッチ、しかもパーヴォということで、アコースティックにとても興味がわきます。ベルリンフィルがここでマーラーを演奏しああ聴こえるということはどういうことなのか。


とにかく、いろんな楽器の音がとてもクリアーに聴こえる。響きはドライに広がって、でもきちんと響いている。

ふと天井を見上げると、湾曲した反響板は、日本のホールと比べて随分低い位置まで下がってきている。これが各々の楽器の聞こえやすさに影響している気がしました。つまり、聴衆用というよりステージ上のための反響板ではないかと。


あくまで僕の個人的な印象ですが「余分な響きがない」印象です。サントリーはじめ日本の良いホールのように、手元でファーンと響いている感じではない。しかしデッドで止まるというのではなく、必要な音がクリアーに存在しており、それがきちんと伸びていくみたいな。

「なるほど、この感じだと、その音たちに更なるニュアンスを施して、しなやかな膨らみや激しいテンションを作りたくなるかもしれない」

と思いました。


シベリウスのソリストは、ジャーニーヌ・ヤンセン。まるで磁石になってるんじゃないかという弓と弦。スピッカートでも離れようとしないように見えるのは、一音にめいいっぱい時間を使おうとしているからでしょう。その音楽は一本筋の通りきった、最長ともいえるワンフレーズ。感動を呼ぶ、ひとつの理想がそこにあります。

一音に最長の時間を使うなら、音から音へはモルトスピーディッシモなはずであり、つまりスライディングもかくあると、だからといって硬く機械っぽくなったり、スポーティーな印象になってしまうものではないことがわかる。彼女の演奏は、しなやかで情熱的で、何よりわかりやすい。


素晴らしいホールでの素晴らしいソリストとの音楽経験は、とてもインスピレーションに溢れている時間になっています。


リハーサル。

posted by take at 17:57| 活動報告

2017年02月26日

今のベルリンと今の僕


今日は1日オフ。午前中はホテルで練習をし、午後から「過去を巡る散歩」に出掛けました。


ベルリンから帰国してもう20年が経ちました。もちろんN響でも個人的な旅行でも複数回来ており、家を見に行ったり町を歩いたりは初めてではないのですが、今日はなんだが特別な気持ちで様々眺めてしまった。

簡単に表現すると「今までで一番感傷的になった」、そんな気がします。

前回N響で来た時の、首席奏者栗田さんの言葉を思い出しました。(栗田さんは僕より9歳上で、N響に入る前、二年間ベルリンドイツオペラに在籍していた)

「吉川、今日あちこちずいぶん歩いたんだけど、今までで一番センチになっちゃったよ」

僕は「随分時間が経ったからかなあ、それとも栗田さんも50代になってるからか……」と思ったのを思い出します。

実際、現在50を過ぎた自分が同じように感傷的になりながら町を歩いた。今までなら、懐かしんだりするだけだったが、今日は

「20年前はまだ若くて、何にもわかってなくて、でも人生上向きに登っていく感覚しかなくて。緊張しながら頑張ってたなあ」

と、若き自分に対して思いを馳せてしまいました。


今回のホテルはフィルハーモニーの近くにあります。その一帯、ポツダマープラッツはあの頃はだだっ広い工事現場だったわけで、まるで違う近代都市の出現に、位置関係含め雰囲気がどうしても思い出せない。

そしてそこから歩きながら下宿を目指すわけで、かつての繁栄、旧西側が、今は過去の賑わいとなっている。もちろんさびれているとまでは言わないし、クーダムはいまだにブランド店が立ち並ぶ華やかさだが、でも新しい町に賑わいが移ったのは確かなようだ。

そして今日は日曜日。本当に見事に店は開いてない。いくつかのカフェやレストランが営業しているが、町は綺麗に休日仕様。ただ歩くだけになるそれがまたいつになく懐かしく。


家のといめんの花屋、あの時は新しかったのだろう、周りよりひときわきれいだった。しかし年月はその看板も店の雰囲気も古めかしいものに変えてしまっていた。

僕も店も、あれから随分生きてきた。

その閉まった店のガラスに自分をうつしたら、一瞬、あの頃の僕がこちらを見ているように見えた。

彼は実際、今より何もわかっていなかった。しかし夢も希望も充満していたし、今と同じく自分自身の内側と会話しながら、見聞きする新しい刺激を理解吸収しようと一生懸命だった。


電車を乗り継ぎホテルへと戻る。ベッドに横たわりながら反芻する。なんだか過去の町を見つめるように今日は歩いていた。

変わった場所、変わらない場所。今日と同じものも見ていたあの留学生活で大きく生き方が変わった僕は、その後も変わり続け、今落ち着いて演奏家を続けることができている。

そのこと自体はなんだか嬉しくて、変わったはずのベルリンが全体としては変わらなく見えたのは、この歴史ある町が少なからず僕の中に練り込まれていて、今の日本での生き方を支えてくれているんだ、あの若い僕も頑張ってみた甲斐があったなあと、そうしみじみと感じたのです。


休日

posted by take at 14:25| 活動報告

2017年02月25日

またベルリンへ


昨晩のコンサート、お越しくださった皆さん、ありがとうございました。楽聖たちはとてもいいパフォーマンスを披露したと思います。これからも、日本の未来の音楽シーンの担い手たちを、見守っていただけると嬉しく思います。


今日からN響のヨーロッパツアーです。まずは、ベルリンへと向かい四泊、フィルハーモニーでのマーラーの六番からスタート。ルクセンブルク、パリ、アムステルダムにてショスタコーヴィッチの10番をやり、ロンドンでマーラー、ウィーンでショスタコーヴィッチ、ケルンでマーラーをやり帰国となります。

ハードな旅ですが、これらの都市は地球上の音楽にとって特別な場所。ヨーロッパ全体が芸術の歴史、その時間と共に現代も進んでいる。とにかく本場感と悠久の時間を意識させられるプレミアムな場所。そこで自分のオーケストラの一員として演奏することができるのは、本当に幸せなことなんですよね。

とにかく、このツアー

「自分から何か変われる」

という目標をもって、演奏家として旅しきりたいと思います。

楽聖たち、頑張ったけん次せんせの番や。


ベルリンへ。

posted by take at 18:10| 活動報告

2017年02月24日

第三の最も重要な道具


楽器やマウスピースをとっかえひっかえする人の話になり、「吉川さんはどうなんですか?」と聞かれる。

若い頃はいろいろやったなあ。楽器屋から借りて試しては変え試しては変え。大事なマウスピースを削って一瞬でおしゃかにしたりもしました。

ここ10年くらいはやらなくなった。ただこういうのは、やる方がいいのだとは思わないし、やらない方がいいでしょとも思わない。いろいろ経験すれば勉強になり理解が深まるし、変えないでずっとやっている名手ならではの素晴らしさも感じたりする。


変えない人の常套句として聞きがちなのが

「楽器もマウスピースも、ただの道具(でしかない)でしょ?大事なのは自分の感覚。どんな道具使おうが、その人の音しかでないし」

よくわかるしその通りでしょう。よく変える人も、実は早くベストと巡りあって、後は練習で慣れて、自分の問題に転化したいと思いながら旅してたりする。そんな道具としてのベストとまだ巡りあえていない、みたいな。


少し違う見方を。

楽器もマウスピースも道具でしかない。ただ、マウスピースのリムの中で振動している息の出口、アパチュア含むアンブシュアですが、音が出る、音楽を表現するのに貢献している媒体というなら、この部分も「道具」と言えるのではないでしょうか。

で、楽器やマウスピースといった道具はクオリティが高いにこしたことはないのですが、現代はほぼほぼそうであって、良くないものはあまり無い。

ということは、このアパチュアとその周りという


『一番重要で一番影響のある道具』


こそに、意識を使いこだわるべきですね。明らかに楽器やマウスピースより大事なことだと思います。


そこは、良い道具となるべく正しい理解のもと、きちんとしたイメージと方向性をもったトレーニングが根気よくなされ、どんなマウスピースやどんな楽器と相対しても、クオリティ高い演奏ができるようなものであるべきでしょう。


楽器職人やリペアマンの素晴らしい研究と努力のおかげで楽器もマウスピースも文句なしに素晴らしいものだらけ。

後は、そこがいかに素晴らしいかです。それは、自分という道具を自分がどういうセンスでどう鍛えどう使うか。


「マウスピースはスタンダードなものを使って変えないこと。何か問題があるとしたら、そればあなたの問題」

これはあるシカゴのホルン教師の言葉。


一番の問題は、自分の問題を楽器やマウスピースに転化してしまうことかもしれない。それさえ回避できるなら、何をどれだけ使おうが全く問題はないのでしょう。


東邦音楽大学トロンボーンアンサンブル、本番

posted by take at 18:04| 活動報告