2017年01月17日

鮮度と自分


録音でも録画でも、


「鮮度が大事」


と思いレッスンをしています。録った直後に聞く。たった今何をどうしようとして取り組んだのか、そのディテールまでしっかりと記憶に鮮明なうちにリプレイを聞く。

当然自分の練習でもそうです。ワンフレーズ録って直ぐ聞きまた録ってを繰り返す。一曲通して録って直ぐ聞く。リサイタル全曲を通したのを帰りの電車で聞く。

自分の「つもり」と「結果の印象」を照らし合わせるのには、出来うる限りタイムラグが無い方か自分を変えやすいかと。どうにかして吹きながら客観的に聞けんもんかと、ムチャを考えてたこともある。

そんな鮮度の価値を感じながら、同時に


「ねかした方がいい」


という気持ちもあるのです。

なぜかというと、結局現在の自分はここ最近の演奏を受け入れてしまうという現実も理解しているから。

自分のやり口を本当に客観的に価値評価ができるには、それなりに時間が経ち、そんなつもりでやったことすら忘れた頃に聞いた方が、本当に素敵なのか陳腐なのかが判断できたりする。

つまり時間が経てば経つほど、他人の演奏として評価できる。そのことはある意味一番大事でもあり。

しかし今日録音したものを一年後に聞き、それから直すのも気が長すぎるし。

ただ時には、それなりに昔の演奏を聞いて反省することも大事かもしれない。

あまりに恥ずかしくて 「あの頃は、今よりあれもこれも凄くたくさんのことがわかってなかったなあ」と思えたとしたら、そんな現在は幸せだということなんですけどね。

あー、複雑なので、やはり鮮度にかけます。


N響定期練習。川越へ。

posted by take at 21:58| 活動報告