2017年01月16日

憧れの連鎖


「大人こそゆとり教育が」じゃないけど、夢も子供や若い世代に持てと要求するものではなく、大人たちこそが抱くべきものかもしれない。


夢を持つべきかどうかは、最近あちこちで語られる。

かつては、そんな議論は無かったように記憶している。夢は勧善懲悪の善であり、絶対的正義のメンタリティとして、学舎に君臨していた。人生を幸せに導く一番のエネルギー源だと。

しかし最近は、文化人含めいろんな著名人が「夢なんかもってもダメだ」と言いはじめている。


夢が叶った実感のある大人たちは、子供たちに、目標をもち邁進し達成することこそを大事だと、自分に照らし合わせて要求する。

そんな中でも、よく考えてみたら、長く強く思い続けていたというよりは、出会ったものにのめり込み運命のように成功へと流れてきたと思った人は、夢をもつ必要はなくそれよりも……と、やはり自分に照らし合わせて語る。「若者に夢を持てと要求するな」と。


自分の適正との出会い含め「のめり込める何か」に出会えず、無目的風なテイストで生きている若者は、大人たちにとって一番不安な存在になる。

しかし、大人たちが「誰でも手軽にできる娯楽」を増やし、「社会からはみでないように一律な常識の中にいろ」こそを要求していれば、自分だけのコアと出会いにくくなるのは当然だ。

そんな社会の流れに生きてきて、もうある程度安定したと安心してしまい、若者にクオリティばかり要求するの大人たちこそ、自分こその更なる成長や伸びなどの変化を望み

『夢を見続けている大人』

として生きる。

若い世代が未来に対して先細り閉塞感を持つのではなく、そんな大人たちを見て自分の未来にこそ憧れる。そんな夢の連鎖の方が大事なんじゃないだろうか。


夢を見るべきなのは、成功した気になってる、安定した気になってる大人なのでしょう。生きている限り、憧れ続け変わり続けられますようにと。


N響定期練習。大塚へ。

posted by take at 16:24| 活動報告