2016年12月26日

聞こえない音を聞く


「年取ると、高音域が聞こえなくなるって本当ですか?」

まあ全面的に肯定すると、高齢の音楽家は皆問題があるとなるが、マエストロ・ブロムシュテットはじめ、世界の名演奏家たちがこの現実を語る無意味さを示し続けている。

ただ実際には、少なからずあるのでしょう。携帯アプリなんかの「年齢別モスキートーン」みたいなので測ると、若者たちが「ギャッ☆」と叫んでも、こちらはピクリとも感知しない堂々たる無反応。「ホヘ…今世界で何かが起こったの?」てなムードである。



ただ、楽器を吹く場合、

「実際には耳に聞こえない音(聞こえにくい音)を聞こうとする、探そうとする」

ことは、大事なことではないだろうか。

私たちの人生最大の難関は、「離れて自分の音を聞くことができない」ことだ。そこでは、どんなに素晴らしく、またどんなにみすぼらしい音が聞こえていたとしても、実際リアルタイムで聞いて感じることは不可能だ。

今自分に聞こえている音が、あちらでは違って聞こえていることを知ってはいても、全てが想像の範疇を超えることはない。

その意味で、本来は聞こえない「あそこでの音」を探し、聞こうとすることはまず大事。


ただそれだけでもなく、自分の耳に聞こえている音、たとえばこれを『実音』と名付けたとして、この実音以外に響いている音や成分が必ずあり、それこそが

「自分の音を魅力的なものにしてくれる」

と感じるのは、大切なことではないかと思う。


私たちは「倍音の多い音を」なんてことも言うが、実際自分でその倍音が聞き取れるのかといえばこれまた怪しい。

つまり実音だけを聞き取りなんとかしようとするのでは、音は本物の魅力から削れていく方に向くのではないだろうか。

霞のようにぼやかせば良いという話ではない。音の密度を上げ、空間の響きと共に魅力を作り上げることはとても大切な価値観。

そのことも含め、要求のベクトルが「自分の耳から外へ」と向いていく、全て想像力や妄想力が豊かな創造力に繋がる。

そんなメンタルこそが必要。


KSKコンサート、レッスン。

posted by take at 19:42| 活動報告