2016年12月20日

研究


とある大学の専任になった人が、かつて言っていた言葉。

「最初に大学から、三つの柱でって言われた。ひとつはレッスンはじめ教育。もうひとつは研究。そして会議はじめ運営。この三つをバランスよく。でもバランスは難しくてね……」

なるほど。大学の専任というのはそうなんだと、その時改めて思った。

僕はどこも非常勤なので会議や運営はない。では残りの二つをやるようにと言われたかといえば、そうではなかった。最初に言われたのは「〇〇時間レッスンをお願いします」だけ。


やる前は、大学の先生はやはり「レッスンをする人」だと思っていた。しかし長年やってくると、明らかにふたつめの「研究」というものが、とても重要で大きなものだと感じるようになってきた。

「教育は難しい」と皆が口々に言うように、自分が持っている知識や経験を伝えただけでは、楽聖たちはほとんど変わらない。もちろん「音程が悪い」「リズムが」と、誰でもできるような現状評価をしても、それだけでもほとんど変化には繋がらない。



若者たちがなぜできないのか、なぜできるのか。何を考えているのか、何しか考えてないのか。何をしようとしているのか、しようとはしてないのか。何がわかってて何がわからないのか。そもそも、自分含めどうやったら上手く吹けるのか。楽器の上達とは一体何なのか。自分はどうしてできるようになったのか、はたまたこれだけしかできないのか。楽聖たちには何を伝えるべきなのか。そして…

楽聖たちは、本当はどうなるべきなのか。


これらのあまりに広大で難解なフィールドの研究は、大学の先生は専任非常勤かかわらず、しなければならないのだと思います。

それを全て楽聖の責任にし丸投げして、研究なんてものはしないという人もいたりするようだが、僕は選ばれた大学の教師なら必要なことだと思う。


なぜなら、そうしないと楽聖も自分も変わらないから。変わらなくていい学舎なんてない。教師が、楽聖のスキル、やる気だけを語っていると、簡単に停滞という気が流れ充満し、成長は右肩下がりになる。

なんたって大学なのだから、そこはポテンシャルの宝庫として、エキサイティングな時間が流れる場所であるべきだと思います。


N響第九仕事、二日目。

posted by take at 22:14| 活動報告