2016年12月07日

完璧なる指揮者


「チェリビダッケが運が悪かったのは、キャリアのスタートがベルリンフィルだったこと。最初に世界最高を経験してしまい、そこからステップアップというよりは、独特なボジションへと進むしかなかったのでしょう」

というコメントを聞いた。

若くして最初に世界トッブクラスからスタートしてしまうと、そらそのあとは大変でしょうねぇ。人には

「人生の時間と共に伸びていく、ステップアップしていく」

という王道の生き方があるわけで。


僕は、若き(指揮者にしては)ラトルがベルリンが終わったらどーすんだろうと以前から思っていた。

まあ、母国のバーミンガムだけをずっとやったりする人だったりするので、ロンドンのシェフは最良の立場とは思えるが、決まる前は「やるとこないじゃん」なんて思っていた。

ふと、オケマンから指揮者になるというよくあるパターンではなく、

「ベルリンフィルのシェフまで昇りつめたあと、一介のオケマンになる」

というのはどうかと発言してみたら、結構ウケた。

ラトルはたしか打楽器奏者でユースオケにもいた。一流オケは失礼ながら難しかったとして、それなりのオケに入り、それなりの指揮者で、あんな練習やこんな練習を経験しなおす。

来演する指揮者の方がやりにくいだろうから、髪型を七三分けにし、ガーファンクルという偽名で小太鼓やトライアングル、大太鼓なんかをやる。

そして65才で定年を迎えたら、再びそのオケのシェフからスタートし、五年後にベルリンフィルへ再登板。名前は、

さあ・再者・来とる (サー・サイモン・ラトル)

二回シェフやる人まずいない。再来時のあまりに完璧なシェフぶりは、長く歴史に名を刻むんでしょうね。

どうでしょうか、そんなマエストロ。


N響定期、ゲネプロ。

posted by take at 21:16| 活動報告