2016年12月11日

袖情報


先月、琉球王国に滞在した三日間、結局持っていった上着をほぼはおらず、半袖かりゆしで過ごしきり、お江戸に帰国したらでらさむで、翌朝から52年ぶりの11月降雪なんてことがありました。

那覇にてのそーなのかーのひとつに、僕的にはさほど寒くないのに、楽聖たちが「寒い寒い」と。耐寒レベルがかなりずれてる印象。

実際彼らも、さほど寒くはならないというのはわかっており、こんなことも教えてくれた。

「うちなーの女の子、全然寒くない冬に、ニットでかためたりするんですよ」

たけ「若者たちよ、おしゃれというのは身体をはるものなんだよ」

「でも、汗だくになってたりするんですよ」

健気じゃあないですか。


そんななので、お江戸でコートでぶるぶるでも、王国はどうなのかわからない。毎度、前日に楽聖にメールで『袖情報』を教えてもらう。

一年のうちほとんどが「半袖です」「お昼は半袖です」。上着を持っていっても結局はおらないことも多く、楽聖の情報は天気予報の100倍正確である。

明後日から行くのでそろそろ聞くのだが、そういや10日くらい前

「今日の那覇は30度(^^)」

なんてFacebookの書き込みもあった。ひぇ〜〜〜(冷えてないけど)


時代が時代ならこんなことも。

琉球商人「国王さま、これはほんの少しですが、わたくしどもからのお土産、ちんすこうの黄金味でございます」

国王「お、これはこれは…ん、中にはネーカーが入っておるでねーかー。照喜名屋、おぬしも悪よのー」

琉球商人「いえいえ、国王さま、なんくるないでございます。これは決して袖のしたなんてものではありません」

国王「…………袖ってなあに?」


N響定期。カルメン楽日。

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2016年12月10日

ハードへの意識


演奏の表現には、音量とは別にソフトテイストとハードテイストがある。ニュアンスですね。

方や柔らかくソットヴォーチェみたい、方や力強く攻撃的みたいな。

で、これらが両極端だとして、ほとんど全ての表現はこの二つを結ぶラインの間にある。

私たちは的確にこのテイストをチョイスし、舌や息をバラエティーに扱いながら表現しなければならないのだが、実は普段のトレーニングはじめ、柔らかくソフトな方に寄って感覚が特化してしまっている人は多い。

もちろん演奏が汚くなるのはだめだ。しかし自分が汚くなりたくないという気持ちより、表現が片寄っていて変化に乏しく、聞いているひとの感性に一部分しか伝わらず飽きられがちな方が、価値としては低い。

実は舌にしても息にしても、思ったよりハードに使わなければならない。

なぜなら、聞き手までには距離があるから。

10メートル以上離れた人に話しかけるのに、1メートル目の前にいる人に話す声量やトーンでは話さない。声量も大きく語気も激しくなるだろう。それと同じ。

柔らか好きの日本人は特に意識して、ハードな取り組みからの、きちんと距離を越えて伝わるニュアンスを知っていく必要があると思います。

硬く雑になっては、最近流行りの「イタイ」になってしまうからだめなんですけど。


アマチュアオーケストラレッスン。夜、トロンボーンクァルテット・ルーチェを聞く。

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2016年12月09日

変化のスピード


人の性格、その本質は、年月が経ってもまず変わらないのでしょう。しかし脳の成長、様々な経験値がもたらす変化というのは全ての人にあり、大人になり老いていく。

その自然に訪れる変化とは別に、自分自身で自分を変える時もある。


たとえば楽器。

現状からスキルアップしたい、つまり少なからず自分の演奏や得られる評価からのたち位置に問題意識があった場合。

この、自分を変えるために何かしらの取り組みをした場合、変わるのにあまり時間がかからない方がいい。

実は、本人が思っているよりもマイナーチェンジだったりする。スタイルや吹き方の本質はあまり変わらないから。そのマイナーチェンジをいくつも積み重ねて、洗練という変化を得ていく。

この時に、新しく試すことからの良い変化を得るのに、時間がかからない方がいい。

これは人間的な器用さも含め、得手不得手もあったりしますが。

時間がかかってしまう人というのは、たとえば頭のどこかで変わる必要性を感じていても、すぐ自分のいつもの方向へ戻ってしまったり、試すというよりは心底納得しないと先へ進めない性格だったりする。

それが、細やかな変化を察知する邪魔をする。

自分に対し頑固にならず、様々な価値に対しそれなりに納得し、充分な憧れを持ち、細やかな変化に敏感である。

そうすれば、私たちの人生に必要なマイナーチェンジは、さほど時間がかからないはず。

ただ、変化がおかしな方向へ行っているとしたら、そのことに対しても敏感でいたい。でないとつぶれてしまうから。

変化に必要なのは、根気や根性ではない。


レッスン。N響定期。

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2016年12月08日

大きな画面


8月にタブレットを買ったのですが、ガラケーユーザーらしく相変わらず限られた使い方しかしてません。

「そらもったいない。いろいろできるのに」と言われたりしましたが、性分なのでしょう、アナグロなムードで生きています。

ただ最近、「本当に買って良かった」と思っています。

それは、YouTubeでの様々な名演奏家の映像を、自分でだけでなく、楽聖たちと一緒にレッスン中に研究できること。

やっぱりそういうのは大きい画面の方がよく、スマホをもってしても見える情報量に限界がある。繰り返し見ていると、ふと気づくことも、大きい映像からの方がはっきりと細やか。

現在、更に大きな画面に繋げて見ようと画策中。みんなで共有し、意見を言い合うのは、本当に楽しい。

買ってよかった。


アンサンブル、レッスン。川越へ。

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2016年12月07日

完璧なる指揮者


「チェリビダッケが運が悪かったのは、キャリアのスタートがベルリンフィルだったこと。最初に世界最高を経験してしまい、そこからステップアップというよりは、独特なボジションへと進むしかなかったのでしょう」

というコメントを聞いた。

若くして最初に世界トッブクラスからスタートしてしまうと、そらそのあとは大変でしょうねぇ。人には

「人生の時間と共に伸びていく、ステップアップしていく」

という王道の生き方があるわけで。


僕は、若き(指揮者にしては)ラトルがベルリンが終わったらどーすんだろうと以前から思っていた。

まあ、母国のバーミンガムだけをずっとやったりする人だったりするので、ロンドンのシェフは最良の立場とは思えるが、決まる前は「やるとこないじゃん」なんて思っていた。

ふと、オケマンから指揮者になるというよくあるパターンではなく、

「ベルリンフィルのシェフまで昇りつめたあと、一介のオケマンになる」

というのはどうかと発言してみたら、結構ウケた。

ラトルはたしか打楽器奏者でユースオケにもいた。一流オケは失礼ながら難しかったとして、それなりのオケに入り、それなりの指揮者で、あんな練習やこんな練習を経験しなおす。

来演する指揮者の方がやりにくいだろうから、髪型を七三分けにし、ガーファンクルという偽名で小太鼓やトライアングル、大太鼓なんかをやる。

そして65才で定年を迎えたら、再びそのオケのシェフからスタートし、五年後にベルリンフィルへ再登板。名前は、

さあ・再者・来とる (サー・サイモン・ラトル)

二回シェフやる人まずいない。再来時のあまりに完璧なシェフぶりは、長く歴史に名を刻むんでしょうね。

どうでしょうか、そんなマエストロ。


N響定期、ゲネプロ。

posted by take at 21:16| 活動報告