2016年12月16日

トロンボーンの難易度


妄想してみる……

トロンボーン以外の演奏家が、この楽器を吹きはじめたとする。

まず、スライドによるポルタメントが楽しくて、しばらくはプワプワやるだろう。そして、その素晴らしい音色にも魅了され楽しんだりする。セクションを組んで和音の中に身を置いたりなんかしたなら、そら気持ちよくて

「なるほどね。トロンボーンの人たちがこの楽器を愛するのはこういうことなのね」

と納得したりする。


ただ同時に、音をきちんと並べようとしたり細かい音符を吹こうとした時、わかっていたとはいえ、自分の楽器とのギャップを強く感じるだろう。

そうか、こんなに音を変えるのに労力がいるのか……

指を数センチ曲げればいい。何本かの指を交互に、また同時に動かせばいい。16分音符でも32分音符でも、指を速く動かしてしまえばいい。そして、口と息をキープしたまま指だけで音を変えればいい。

そんな当たり前が、この楽器では全くできない。

まず思ったより楽器が重く、左手だけで持ち上げ続けるのがなかなかに大変。スライドを動かして、しかし楽器が動かないようにするにはなかなかに困難だ。

指は一本も何本も使えない(ロータリー以外)ので、腕一本の行き来、しかもかなりの距離を動かしてようやく音が変わる。細かく速い動きは、限界点が凄く早く、この楽器をやる以上はそれは諦めなければならないか。

スパン!とは音が変わらずポルタメントが簡単に入ってしまう。ゆえに今まで使ったことない時も、常に舌を駆使しなければならない。それにより、真っ直ぐ保ったまま整然と音を移動することに関して、なんて難易度が高いのか……つまり、ポルタメントやスライドヴィブラートは楽しいし、音も魅力的、ハーモニーなんか最高だが、フォルムや音の移動の容易さを諦めるざるを得ない。

それが、トロンボーンをやるということ。


実はこの妄想は、トロンボーンあるあるではない。トロンボーンだけ吹いてきた人は、これを労苦だとは感じていないし、容易に音が変わる世界のことは、興味の対象にはなっていない。

きっと知らない方がいいことのひとつだ。


ただそんな私たちだから、整然としていないフォルムに対するボーダーが低かったりするのは事実。「トロンボーンだし」みたいな気持ちも持ってたりする。

その気持ちが、私たちを甘い取り組みにしてしまうこと。そして実は物凄く難しい楽器なので、そうとう強いイメージをもたないと、結果だるだるな演奏にしかならないことを知っていたい。


レッスン。海上自衛隊レッスン。

posted by take at 16:51| 活動報告

2016年12月15日

否スライド


「スライドを感じさせない」

という演奏ができるテクニックがほしい。まるでピストンやバルブのような形で吹けるテクニック。

その技術をもった上で、場合によってはポルタメントも使ったり。


そんなプレイのフォルムは、実はもの凄く徹底したイメージをもつという取り組みをするという納得が必要。

レガート時、私たちは、ロータリーを使うという場合以外のほとんどの演奏は、楽器自体の管が遮られないので、音と音の間を研ぎ澄ますために、口の中で舌を動かして息の流れをコントロールする。楽器の遮りを口の中が担当しているのだ。

それは結果口の周りが動くことに繋がりやすく、音の安定にも影響がある。トロンボーン以外の楽器は、オールレガートのフレーズは、頭の一回のタンギング時しか舌を動かさない。後は口の中は動かさず、真っ直ぐ息を送りつづければいい。

そんな楽器のフォルムと同じように聞こえるようにというのは、実は凄く限定した息とスライドを駆使しなければならないし、そもそもトロンボーンを吹いてきた時間、あまりイメージしなかった姿形を理想の真ん中に据えなくてはならない。


明日から、とにかく徹底したイメージを自分に要求したい。


沖縄県芸レッスン。帰京。

posted by take at 18:23| 活動報告

2016年12月14日

空腹は最大の超魅了


おバカな話だが、楽器吹くと特にお腹が減るということに、最近になって納得したボン太郎。

楽聖なんかあの若さで、当たり前のようにいつも言ってる。

「あー、たくさん吹いたからお腹すいたー」

頼もしい楽聖たちではないか。


昨日は、レッスン終わり国際通りから少し路地を入った店に。不味くはないが特に美味しい店というのでもなく。

ただ、楽聖たちと様々吹き吹きし、最後はブルックナーのロマンティックを全パート、NHKホールバージョンで一緒に吹いたこともあり、空腹マックス。大人げなくも「ハラへった〜〜」を連発し、オリオン乾杯からのつまみへと。

すると、ビールもまみつもなんとも上手いではないか。最初に出た塩キャベツは、肉体労働者仕様なくらい塩辛く、「こ、これは、かなり塩気が強いね」だったのだが、美味しく食べられたのです。

で、いろいろ食べながらお腹が満たされてくると、さほど美味しい店でないこともわかってきた。

「やっぱり空腹は最大の調味料なんだなあ」

これも後れ馳せながら理解。

今夕刻、レッスンの合間にこれ書いているが、もうお腹と背中がひっつきそうなくらいペコペコ。でもまだエワイゼンのトリオが残っている。

今日はうちなープレイヤーとの宴。きっと凄く美味しくスタートできるんでしょう。


かつて、ある恰幅のよかった人がダイエット後に

「今は普通に三食、以前は常にお腹がすかないように食べ続けていた」

とのたまっていた。つまりこれは、一番美味しくなく感じるパターンなのだろう。

毎日毎食、空腹にしきって食べたら、幸せな食事ばかりになるんでしょうね。

楽聖諸君、つまりさらいまくってハラ減らせということです。そこ!!間食してんじゃない!!!


沖縄県芸レッスン。

posted by take at 19:30| 活動報告

2016年12月13日

ハナミズキの涙


楽聖たちが演奏する「ハナミズキの祈り」を聞いた。

一曲目の前奏からテーマに移るあたりから涙が溢れ、止まらなくなってしまった。目頭に溜まるなんて次元ではなく、頬をつたわり続け、嗚咽をこらえながら聞き続けることになった。

「ア・ソング・フォー・ジャパン」も人の演奏で涙したことは多々あったが、それよりも困憊してしまい、聞き終わってトイレで少し落ち着く時間を計上する結果にも。



震災とはいったいなんだったのだろうか。

復興という再生への希望は課題であり、それと向き合うという創造に人生の時間を使うことは必要であり価値がある。

ただ、涙を生む震災の意味合いは


大きな悲しみ


だと、あらためて思った。

そして、流れ続ける日常の中で、辛くともこの大きな悲しみを定期的に思いだし、自分の中に沸き上がらせながら生きていくことの必要性を感じさせられる、そんな瞬間になった。


沖縄県芸レッスン。

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2016年12月12日

男女髪型論


「髪切った?」

女性「切った切った!!わかる?今朝から誰も気づいてくれないの。ほら、私忙しかったじゃない。だから結構久しぶりに切ったから大分変わったのに、今朝から誰も気がついてくれなくて。え?似合ってる?でも前髪短くない?え?いい?私さ、少しって言ったんだけどさ、ちょっとウトッってしてる間に切られちゃってぇ、え?大丈夫?よかったあ。てゆうか、今朝から誰も気がつかないし何も言われないからあ。やっぱりゆーこだけだよ、気づいてくれるの。え?みんなわかってる?ほら、ずっと揃えるくらいしか切ってなかったじゃない。私短いの似合わないし。え?そんなことない?だから今回は結構切ったわよ。ゆーこの今の髪型も似合ってるよね。え?切りたいの?切っちゃいなよ。ショート絶対似合うしぃ。でもさ、ホント今朝から誰も気づいてくれないし何も言われないし…………」


「髪切った?」

男「ん?…うん…」」


川越へ。

posted by take at 20:52| 活動報告