2016年12月31日

大晦日


今年一年、このよもやま話にお付き合いくださりありがとうございました。

気がつくと五年が経ってまして、我ながらびっくり。もう以前書いたことも思い出せない感じですから「こいつ、また同じこと書いとる」ということもあると思いますが、「以前も書きましたが」と書いてないのは、初めて書いてるつもりで書いてるので、笑ってやってください。

来年も、くだらなくある程度真面目に、でもいつも本気でまいりたいと思います。よろしくお願いします。
m(__)m


ベートーベン全曲演奏会。

posted by take at 22:20| 活動報告

2016年12月30日

ベートーベン交響曲第5番『うどんめい』


♪かけうどーーーーん
ざるうどーーーーーーん

かけうどかけうどかけうどーーん
ざるうどざるうどざるうどーーん
かけうどーーんざるうどーーんどちらたっ・べっ・るうーーーーーー

ざ・る・う・どーーーーーーーーーん


(氷見うどんと伊勢うどんでも歌えます)


今年もベートーベン全曲の練習が始まっています。炎のマエストロ、コゲパン大先生の年齢を感じさせない、熱くこおばしいベートーベンが始まると、年の瀬の瀬だなあと。


今年一年は、変化を大事にすることこそ大切だと理解できた貴重な年になりました。

故郷讃岐の変化を理解したり、今まで知らなかった沖縄を理解したりと、場所から得られる上昇も感じられた。

変化に時間がかかりすぎている被災地の、残念な変化を知ることにも。

来年は、更に良き成長へと変われることを目標に、自己鍛練に心を使いたい。

中途半端な健康管理もなんとかせんとなー。


ベートーベン全曲演奏会、練習。

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2016年12月29日

雑水音


金管と水は切っても切れない仲。特に冬場はよくたまる。

外気と息の温度差が生む水蒸気ですが、特にホルンは大変。トロンボーン、トランペットは主管の一ヶ所を抜けば大体オッケーだが、ホルンはあちこちの管にたまる。一時、自動的に水が抜けていくなんてキーが開発され宣伝されていたが、やはりホルンのものでした。

この水、溜まるとパコパコ音がする。これは明らかにノイズであり、一日に一回も鳴らすべきではない音なのですが、なにかと平気な生徒もいて「こまめに抜くように」と注意することになる。

たまに、鳴りはじめても平気そうな人もいて、そのまま吹き続けたりする。

僕には全くわからない感覚だが、そういう人は

「収集癖」

があるのかもしれない、と思った瞬間があった。鳴るまで溜めるみたいな。

あまり勧めませんね。名手になればなるほどこまめすぎるほどこまめに抜いています。実際二回に一回くらいは何も出なかったりする。それでもノイズが鳴るよりまるでいいのです。


来年も、ノイズなきスムーズでスマートな音楽の時間が流れますように。


高松一高レッスン。

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2016年12月28日

平凡な食レポ

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高松は東京より冷えとるが。


ということで、学生たちは冬休みではあるが一高レッスンである。

ということで、年末なのにうどん屋は開いており、じゃあ仕方ないから上原屋に食べにくる。上が今日、下が明日(書いているのが29日なのです)のうどんランチ、略して……ドンチ。そして、忙しいはずの年の瀬に、ずるずるした行列を作ってしまう、うどん県民の絵。


やはり、絶品かけと絶品ひやかけのふたつのテイストの出汁どちらかを諦めることはできない。

じゃあざるはなんだ、ということですが、これは箸休めですね。濃い味のツユにつけたプレーンな麺を挟むことによって、あらためて各々の出汁と麺のコラボ味がクレッシェンドするわけです。

じゃあ天ぷらはなんだ?ということですが、これは栄養バランスですね。今日がナスとアジフライ、明日がたこと玉ねぎなわけです。れんこんを棄てたのは苦渋の決断でしたが、まあ素晴らしく考えられた栄養バランス。栄養士も「え〜よ〜」としか言い様のない、素晴らしいチョイスです。

え?食べ過ぎ?

いや、写真で見ると、凄く多く見えるでしょ。実際に食べてみるとですね、こりゃまあ……少なくはないですね。でもツルリ。

あ、味レポですよね。失礼しました。

あの、写真ですでに美味しそうじゃないですか。でもね、どんくらいうまいかは食べた人にしかわからないわけですよ。それはそれはもう


まいう


なわけです。ちゅうことでレポート終わります。


高松一高レッスン。

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2016年12月27日

ビデオとの四年


ビデオを使ったレッスンを始めて、四年以上が経った。

このアイテムを使えば、全ての生徒が問題なく問題に気付き、様々改善されていくのかといえばさにあらずで、自分を変えることが苦手な者は、現実を目の当たりにしても足踏みで終わる場合もある。

しかしそうでないことは山のようにあり、撮り方見方、聞き方進め方他、数ヶ月単位で内容はどんどん変化してきた。

いかにすれは気付きやすく、いかにすれば変わりやすいのか。

今日高校生をみながら、ビデオレッスンの内容自体が随分洗練されたなあと感じた瞬間があった。

どの順番で撮り、どの順番で見てもらうか。見てもらう位置、僕のいる位置。細かいことまで変えることで、生徒とビデオの関係は実はかなり違ってくる。

そして、映像とリアルな音がもたらす生徒の中身の変化がトロンボーンに現れた瞬間は、とてもエキサイティングだ。

もちろん、これからもまだまだ改良の余地はあるし、もっと良いアイテムがあればいくらでも採り入れていきたい。

いずれにせよ、大学だと四年一回り。教育自体の内容もだが、これくらいの時間のスパンはやはり必要であり、それより短いと一過性の洗練はあっても、やはりあれこれが様々強く繋がり、説得力を持つのは難しい。

ビデオでのレッスンも、ようやくスタートに立てたのかもしれない。


レッスン、N響第九仕事、楽日。

posted by take at 21:48| 活動報告