2016年11月08日

言葉にならない


今日は沖縄県芸の楽聖の楽器選び。様々吹いて、結局今までと同じモデル、バックのハグマンになりました。本人も、時間をかけてそこへと戻った(たどり着いた)感じ。

僕も吹きましたが、基本本人が吹くのを聞きながら、求めてくれば意見を言いました。

最後は印象も選択も合致したので、本当によかった。


やっぱりバックの音、やっぱりバックのベルの音だと思いました。

余分なものというのは適切な表現ではないのですが、他の楽器には明らかにないバックだけの「音の快感成分」があります。

かつてコーンやコルトワを気に入って吹いてましたが、バックのしかもトラディショナルの42Bに戻ったのは、この快感成分が棄てられないからです。

もちろん他の楽器にある個性も気に入るものが多い。それはそれは魅力的で吹きたくもなるのですが、何かを選ぶことは何かを棄てることであり、どの個性が棄てられないかとなるとやはりこれになってしまう。

で、その快感成分が何なのか。僕にとっては、広がり以上に奥行きが大事で、その懐にあるもの


……えー、言葉にならないんですよね。


あえて言うなら、なんとも言えない音……あ!言葉になってない。なんとも言えないのだから。

とにかく、シンプルで単純ではない快感成分とだけ表現します。それ以上は


「なんも言えねえ」


この説明できない存在が、音楽の素晴らしさだと思います。


N響練習。選定。
若い世代の皆さんには、現実的な不安より、この言葉にならない憧れでもって、学ぶことを選んでいって欲しい。人類が存続する以上、音楽はこれからも絶対無くならない。言葉にならないものだからこそ。

posted by take at 21:55| 活動報告