2016年11月15日

槌音チャリティーコンサート 2016


今年の槌音チャリティーコンサート、明日になりました。


『岩手県大槌町「槌音プロジェクト」チャリティーコンサート、2016』

主催/一般社団法人 槌音《槌音プロジェクト》
NPO法人motherboad2011日本の道

後援/岩手県・大槌町・台北駐日経済文化代表処台湾文化センター・一般社団法人エル・システマジャパン・新建築東日本大震災復興支援会議・新建築家技術者集団東京支部・NPO法人設計共同フォーラム

協力/被災地市民交流会(神戸

日時/11月16日(木)18:30開場 19:00開演

場所/サントリーホール ブルーローズ

東京都港区赤坂1-13-1
入場料3.000円(全席自由)
チケット予約・お問合せ
080-6536-9240
h.maruya@a-and-a.net
丸谷
090-4174-3062
takemori.creation@gmail.com
竹森


僕は、ピアノと合唱とのア・ソング・フォー・ジャパンを初演します。

今日、合わせをしてきたのですが、今までとまた違う力を持つ音楽、演奏になっていると思います。僕自身は、声の力に揺り動かされています。

五年半経ち、大槌も陸前高田も盛土と電柱だけ。福岡の駅前は一週間で道路が元になるのに、なぜなのか?

皆様と一緒に希望を叫びたい、1日も早い復興を願いたい気持ちが強いのです。

お時間ございましたら、是非サントリーにお越しいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


川越。合わせ。ジパング。

posted by take at 22:20| 活動報告

2016年11月14日

ソウルフル その3


あっという間の三日間、帰国の日になった。

今回は楽器を手持ちにしていたので、日本韓国共に空港にてのカルネ検査があった。

日本を出るときはとても簡素で、しかもチェックした後、全員揃ってではなく、各々で自由に出国できた。

そんなフリーなムードを期待しつつ、検査集合時間まであまり間がなかったが、サムゲタンを食べに空港のレストランに入った。食事の途中で抜けて、チェックだけ済ませ、また戻ってこよう。

今回のソウル市内滞在中は食べる機会が無かったので、ラストチャンス。おこげの入ったサムゲタンを注文。

最近は我が家でも登場するサムゲタン。初めてソウルにてその名前を聞き食べた時は、初体験の衝撃が激しく「世界にはいろんな食べ物があるなあ」と感動したものでした。

あまり時間も無く、熱々を慌てながらハフハフしながらいただく。こうなれば早く検査を済ませ、戻ってきて落ち着いていただきたいものだ。

半分くらい食べたところで、集合時間に。

「とりあえず行ってくる。多分戻ってくるけど、帰ってこなかったら会計だけお願い。後で払うから」

一緒に食べていた仲間に伝え、店をあとに。

「まってろよ、サムゲタン。もしかしたらのもしかしたら、今生の別れかもしれないが、ちゃちゃっと検査してもらい直ぐに戻ってくるからな。熱いままいるんだぞ」


集合場所には弦楽器を中心に40人近くの演奏家が。

係「みなさ〜ん、この辺りに集まってくださ〜い」

運命の瞬間

係「パスポートはお持ちでしょうかあ。まず、あそこのゲートを潜っていただいてですね」

……嗚呼、やはりそうなのかっ、あの身振りのいいももの辺りはまだ箸すらいれてないし、おこげは一口も食べてないのにっ……ケッ、ケンチャナヨ

「さよならソウル、さよならチョルウン

さ、さよならサムゲタン(涙)」


また必ず来るよ。アンニョンヒ ケセヨ、ト マンナヨ。


帰国。

posted by take at 07:59| 活動報告

2016年11月13日

ソウルフル その2


日本ではお酒の一気は完全に悪者になった。

僕も良いとは思っていないが、なら何故こんな飲み方が生まれてきたのか、ここ韓国に来て少しだけ思い出してきたことがあります。

正確には関東の大学生から始まったものらしい。秋元康氏がとんねるずの「一気」という歌を書きリリースしてから急速に広まった。これが、僕が大学生の頃。とんねるずは一気コールを「広めた」第一人者という意見もある。

ただそれまでも、酒を飲ませる習慣はあった。というか、コミュニケーションツールのテイスト、その時代の産物だろうが、「俺の酒が飲めんのか」というのは、世界の大概の国にあると聞いた。

日本の場合は、徒党をくんで飲ませて苛めるというテイストになってしまったため、消え去ることに。

ところが、ここ韓国にはしっかりと残っていました。

それは一方的なものではなくお互いがやるもので、あるときは飲み比べ勝負、あるときは改めて乾杯し全員で飲みほすことで、気持ちと酔いの

「共有」

を楽しむもののよう。


夕べは、こちらの楽聖たちが羊を食べにつれていってくれた。そして、そこにもチャンポングラスがあった。

楽聖「これ一気用なんです」

なるほど。一気に飲みほすのはオフィシャルな文化なのね。そうやって仲良くしようとするのね。でも、混ぜなくてもええやん。

楽聖「韓国はとにかく、なんでも混ぜるんです」

なるほど。この言葉からは、食べ物だけではない奥行きも感じられた。


まずグラスがこうで

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ここまで焼酎を入れるわけです。

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彼らに言わせると、韓国の焼酎は、日本の凄く安いもののクオリティなのだそう。日本人が楽しむ質の高い様々な焼酎のようなのは、韓国には無いのだそう。そら悪酔いするわ。

で、ビールを足すんですが、実はここまで。

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楽聖「一気用ですから」

な、なるほどね。

今日は自分たちのペースで飲もうと言って始まったが、結局全員で飲みほすイベントが定期的にやってくる。

そうやって、確かに日本人と韓国人は夜遅くまで混ざっていったのでした。


ソウル公演。

posted by take at 11:33| 活動報告

2016年11月12日

ソウルフル


韓国ソウルに来ました。N響のコンサートです。

夜は旧友、イ・チョルウンとの食事です。チョルウンとは誕生日が1日しか違わない、まさしく同士。ただ、僕が韓国公演がずっと降り番だったので16年ぶりの再会になってしまいました。あの時は、N響とKBS交響楽団の交流コンサート。両セクション総出で渋谷で飲んだのでした。

当時我々は35才。セクションで最年少でありながら、人生の長さが同じとわかった途端テンション上がりまくり、周り構わず騒ぎまくったのを憶えている。

チョルウンの韓国トロンボーン界をなんとか盛り上げたいという情熱は凄いもので、僕は自分のトロンボーンとトロンボーン界に対する思いで応戦、激しい酒一気合戦はなかなか終わらなかったものだ。


あれから時が流れ、我々は51才になっている。チョルウンはオーケストラをやめ大学のプロフェッサーに。10人のトロンボーン専攻生だけでなく、70人ものウィンドアンサンブルも担当しているようで、とても忙しそうだ。発言にも責任感が滲み出ていた。

かつてのように、夜な夜な遊び回らず家庭を大事にしていること、同い年の長き友人が癌の闘病中で辛いこと、そしてレッスンの内容、何を一番大切にして伝えているか等、本当に共感する話ばかり。

あの頃とは明らかに雰囲気は変わり、社会の中での使命と、大事に感じている価値観、そして落ち着いた雰囲気と話術。

我々は、やはり同じ長さを生きてきた同士だった。


ただ、変わらないことがひとつだけあった。

「日本では、若い世代が酒を飲まなくなってるんだ」

「韓国では、若い人はみんな飲みまくっている。というか、飲まないでどうやって人生を送るんだ?」


そう言いながら、ビールと焼酎のチャンポンを延々と一気し続けたことだ。

日本ではチャンポンしないように気をつけているのに、どうしようもない。何せ焼酎の上からビールを足してのっけからチャンポン酒にしてしまうのだから。

しかもグラスを見たら、ここまで焼酎、ここまでビールというラインが入っているではないか。

気がつくと、酔っぱらった我々はあの頃に戻り、デカイ声で騒ぎまくっていた。

ソウルへ。

posted by take at 11:45| 活動報告

2016年11月11日

様々な日本


僕の生徒に、何年経っても方言が抜けないのがいる。埼玉において、一人の人間の大きさでもって、この地の雰囲気とは違う文化を放ち続けている。



日本全国旅をしてて、特にN響でのものは県庁所在地を訪れることが多いからか、町は随分似かよっているなあという印象をもっていた。特にビジュアル。

駅前にはよく知っているチェーン店が並び、繁華街はじめ町の様相はどこも酷似、ホテルも同じような仕様。きっと便利で使い勝手が良く、都会テイストを作り上げていくのには日本全国で共有するようなモデルケースがあり、どこもそれを採用していくのでしょう。

そこに住む人にとって、その空間は便利でシティ感覚を享受する場所。リトルトウキョウ。おそらく本物のトウキョウに上京しても「我が町のあそこが、やたらどこまでも広がっている都市」とうつるのでしょう。それくらい、違わない。


それがここ数年、「実は違うっちゃあ違う」と感じはじめてました。そして、それが先日の京都旅行で決定的になりました。

まあ、沖縄へ通い始めたこと、大阪での人とのコアな付き合いがいくつかあったこと、そして大槌の町の姿とはまた別の文化を感じることが続いているからだと思います。金沢はじめ古都テイストの強い町には、特に人の気質の違いを感じます。

そう、姿形ではなく人々の個性。

ということは、町は似かよっていても、その利用の仕方はそれぞれで違うのでしょう。

気候や立地から生まれる気質、習慣は、深く付き合ってみると思った以上に個性的。同じ日本人でも、かなり違うんだなあと思うことが増えてきました。


そんなこと言ってる僕は、じゃあどこの人?東京?讃岐?

東京が長いとして、その気質ったって……

文化発信の担い手、方言生徒は立派だ。僕がすっかり東京では使わなくなった讃岐弁を、出身者の僕が聞いてびっくりするくらい使っている。


迎合するばかりが、価値の全てではない。


川越へ。ジパング。

posted by take at 20:41| 活動報告