2016年10月08日

正確な心


ことあるごとに、正確に演奏できることの重要さを思い知るタイミングがあるのに、その思いの強さが常にマックスでは持続しない。生徒が不正確になってても、それとは別に良い部分を評価して甘くなってしまう。

もちろん正確なことだけが価値の全てではない。しかし最後は正確さとどのくらい向き合っているかが、魅力の印象、その価値の分かれ目になったりする。

「正確」というのは純然と存在する。テンポ設定含め唯一しかありえないかといえばさにあらずだが、しかし個人のスタンスにおける正確は確かに存在する。

不正確に演奏しようとしている人はいないだろうが、それなのに正確への精度はまちまちだ。

実は凄く正確な演奏をする人にとっては、無理しているのではなくそれを当たり前としてやっている。


この当たり前が人によって違う。


誰にとっても無理やり苦労することではない。価値観の問題。そして結果が違ってくる。

正確に対する思いの強さが実はどれくらい正確なのか。みつをではないが

『正確さをは自分の心が決める』

その心の正確さは、自分にも楽聖にも強く要求しなければならない。

メトロノームやチューナーとはまた違う話。心の話。


N響練習。レッスン。

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