2016年10月04日

退屈


退屈な時間が好きな人はいないでしょう。しかしやることばかりに溢れている時間が好きかどうかもわからない。

忙しさに楽しみとやり甲斐が感じられない場合は、その時間も退屈なテイストになったりする。そしてたたただ「休みたい」となるが、この休むという時間も必ずしも退屈しないとは限らない。休みを退屈に過ごすことはある。

退屈かどうかは、忙しいか否かとはリンクしないようですね。

退屈だと暇潰しに走る場合が多いが、これまた退屈じゃなくなるとは限らない。そして楽でだらだらした時間や、変化も生産性もない日常に慣れていって、何が退屈じゃないかがわからなくなってくることもあるようだ。


退屈に対し敏感でいたい。何が退屈なのか鈍感になってしまわないために。


退屈自体に慣れていってしまう可能性もあるのなら、とにかく敏感でいて、今自分が選んでいることが、結果的にそうならないようにしたい。

何をしていれば退屈にならないか。それは退屈の反義語にヒントがあるに違いないと思い調べてみた。

なんと「熱中」と出た。

なら自分は何に熱中するのかだ。それは、時間を忘れたように取り組めること。集中できること。

実はもうひとつ、一番大切なことがあると思います。

その時間が終った時に、自分か周り、もしくは両方に価値ある変化があること。客観的に見ると成長といえる変化。

退屈してはいけないのは、短い時間ではなく、人生そのものだろうから。


休日。


posted by take at 22:03| 活動報告