2016年09月28日

悠久の時に横たわる偶然


きっと、小さな偶然は毎日のように経験しているのでしょう。気がつかないで過ぎてしまっているものも多いのだと思います。

会う確率の低い人に会う確率の低い場所で会う、できる確率が低いと思っていることが直ぐにできたりすると

「凄〜い、偶然!」

となる。それが印象に残るものであればあるほど、人に話したりもする。

偶然は瞬間に訪れたりするような快感なので、その日は誰かに話しても、翌日、翌々日になるともう興味からは外れていき、忘れてしまうものがほとんどだ。


ただ、長い人生の時間に横たわるように存在する偶然もある。


以前も書いたが、僕が18才まで暮らした高松の家は古馬場町(ふるばばちょう)にあった。本籍も香川県高松市古馬場町だった。ドイツから帰国し住んだのが、大田区中馬込(なかまごめ)、そして現在の住まいは品川区の新馬場(しんばんば)。

古馬場に生まれ、中馬込を経由し、新馬場に住んでいる。

これは狙ってそうなったのではありません。僕が引っ越して1ヶ月ほど経った時に、駅のホームで新馬場の看板を見ながら突然気がついたのですから。

中馬込はともかく、古馬場は18まで暮らしたわけで、家を決め契約してる最中に気づかない僕も僕ですが、人に話すと

「信じられないような偶然だね」

と言われる。よくよく考えると本当にそうだなと思う。


先日、家の直ぐそばででっかいガマガエル(ヒキガエル・食用ガエル)を久々に見た。住宅街のアスファルトの上で、置物のようにたたずんみながら雨に打たれていた。

これも以前書いたが、東京へ出てきて住んだ家、その近所全てででっかいガマガエルと遭遇している。板橋区常磐台、新宿区神楽坂、文京区白山、大田区中馬込、そして今の家。しかも中馬込以外は複数回。中馬込は、離れる少し前に一回だけ。出会った瞬間、「ここでもやっぱり会えた」とつぶやいたのを覚えている。

馬とかえるは、もしかしたら僕の守り神かもしれない。


逆に、「もっとあるんじゃないかなあ」と思いながら、記憶の限りでは人生で一回しか経験してないことがある。

それは、買った物の値段と財布の小銭入れに入っている金額がドンピシャだったこと。コンビニにて、たしか768円とかそんな金額だったと思う。百円と五十円と十円と五円と一円を全部取り出したら、その金額だった。

皆さんはよくありますか?

僕的には、最初で最後の偶然でチョー快感。興奮して、店員さんに「ピッタリでした!」と叫んじゃった程です。


悠久の時の流れに横たわる馬場、かえる、毎日の支払いからの一瞬の幸せ、そんなお話でした。


N響定期練習。川越へ、アンサンブル学内。


posted by take at 16:46| 活動報告