2016年08月16日

魅了させきる


近所につけめん屋が出来たので食べにいきました。お腹もすいておりやる気に溢れていたので、中盛りを頼み楽しみに待ちます。

結論から言うと、美味しかったのですが、意外に早いタイミングで飽きてしまいました。あくまで僕の好みの話ですし、今日の体調もあるのかもしれません。



飽きさせないって大事、そして難しいなあと、改めて思いました。

先日、「かりん糖(特に黒糖)は途中でピタッと入らなくなるのに、イモケンピはいつまででもいけるのはなぜか」というシンポジウムをなんこやで始め、結論出ぬままピタッと話が止まったのだが、これらは別に一袋食べてしまわなければならないわけでもないから問題にはならない。

しかしサイズが決まってる料理、コース料理、そして私たちの演奏こそ、途中で飽きられたら存在理由の大半が説明できなくなる。

義母が言った

「コース料理というのは、メインが一番美味しく食べられなくてはならない」

という価値観の、あまりにも高い難易度に深く考えてしまう。

コースなら、メインの味付けを先に設定し、それが活きるように逆算的に考えて味付けしていくのは手だろう。しかし同じ味を継続するもの、つけめんやラーメン、丼物等は、最初の一口で感動させるのはいいが、濃過ぎたり薄過ぎたり、甘過ぎたりしょっぱ過ぎたり、

「過ぎたり」

が落とし穴になるのでしょう。また味に奥行きが無さ過ぎるものも飽きるのが早い。これは人間性にも通ずる、能力という完全に実力の問題ですが。

では控え目に作れば飽きられないのか?

いや、そんな単純な問題ではない。味という瞬間的な感覚そのものに、時間の流れが絡んでいるか否か、更に人間の「満腹へと向かっていく」という現実と、満足感という極めて曖昧なものを絡ませているか。

カレー=スパイスって、そう考えると凄すぎる。いきなり感動し、そして後をひきまくる。

しかし全ての食べ物が、スパイスのように刺激的秘薬にはならないのが現実だ。


そして演奏。曲の盛り上がりの頂点から逆算して組み立てるやり方は、実は難しい。

ただ食事が食べ足していくように、聞き足していってもらいながら、とにかく止まらずとにかく途切れず音で連れていく。そうすれば、素晴らしい作品が自動的に、飽きないどころか、感動するように到達させてくれる。


飽きるって残念だ。せっかく美味しかったりもするのに。でも、理由ははっきりしていたりする。演奏が飽きる理由もだ。


大人は休日

posted by take at 23:54| 活動報告