2016年07月04日

燃え尽き症候群


今回の旅中、「燃え尽き症候群」というキーワードでの話題が上がった。

よく言うのは、中高で熱心に吹奏楽をやり、卒業したら、「もうやり尽くした。楽器はやりたくない」 となる、というもの。意外と優秀な名門校に多いと聞いたこともある。

これにはいくつかパターンがあるようだ。昨今時代の流れで価値観は大きく変わりつつある、「体罰」を伴うような厳しい指導への気持ちの限界、先輩後輩の上下関係の気持ち的限界など反発からも生まれるようだが、厳しくもきらびやかなコンクールの上澄みでの受賞や名声、数多い定期演奏会、そこへたどり着くまでの団内オーディションやいろんな指導者による外付け的合奏などを繰り返し、

「音楽を自らクリエイトする喜び」

が見えぬまま、やりきった感に包まれることもあるようだ。(もちろん、多数の例外がある)


今回、そんな症候群が音楽大学生にも訪れていたりすると聞いて、驚くと共に、背筋に寒気が走るくらい怖くなった瞬間があった。

その大学は、とにかく合奏の授業や臨時練習が多いらしく、ウィークデーは夜9時まで毎日のように合奏をすることもあるそう。吹奏楽部の名門高と同じことを敢えてプログラミングしているよう。五重奏から十重奏までアンサンブルもやる機会が多いらしく、その練習に追われ、自分と向き合って基礎をトレーニングしたりソロを練習する時間がもてない。レッスンに来ても、エチュードも曲もさらえておらず、「時間が無いんです」と泣き始める始末(当然人による)。

で、演奏旅行含め、質が高いであろう数多い合奏のコンサートをやりきり、「やりきりました。もうこれ以上の合奏は出来ないでしょうし、もういいです」と言って卒業する。恐ろしいのは、そんな彼が言った一言です。


「卒業してみたら、自分には何にも残ってませんでした」


何故何も残らなかったのか。これは、実は

「合奏、その時間を支配する取り組み方、得られるスキル、気持ち」

という、シビアなテーマと向き合わないと見えてこない。

これに関して、また次回。


帰京。レッスン。

posted by take at 09:13| 活動報告