2016年07月21日

確率三編


かつて、この場に書いた確率話(僕、結構好きなんです)をみっつ。再び。


(^o^)世界の人口、70億人、その内の1億3,000万人が日本人。世界の人口、約54人に一人が日本人。お!けっこう多い。(中国人は14億人、世界の5人に1人っ!!)

私たちは生涯、その1億3,000万人の内、平均30,000人の人と出会う。4,333人に1人の人と会う計算。その中から、本当に親しく付き合う人は200人。出会った30,000人の内、150人に1人。

そんな確率で親しくなった人とは本当に縁があるのでしょう。

同時に、出会った150人の人の内、149人の人とは親しくならないとなる。これは凄い数字。

というか、出会った30,000人の内、29,800人の人とは親しくならない、なれない。これはもっと凄い数字。

更に、日本人1億3,000万人の内、1億2999万9800人の人とは、親しくなれない。世界中の、69億9997万人の人とは出会わないし、69億9999万9800人の人とは親しくならない。

それが、私たちの許容量。私たちの人生だということ。

もちろん世界中には、会うことすら不可能だが、素敵で素晴らしい人は物凄い数いるはずです。そんな出会えなかった人に思いを馳せることもできるが、実は、今目の前にいる人こそが、運命の人だということですね。



(^o^)日本のトロンボーンサウンドを商品として支える人、つまりプロプレイヤーと予備軍の音大生を足すと、正確にはわかりませんが1,000人位ではないかと。日本の人口1億3000万人を、仮に1メートル四方の正方形の大きさだとして、1,000人とはどの位の大きさか。

実は、0,7ミリ四方です。

これは、つまようじの先の部分くらい。ほとんど点みたいなもの。学食のテーブルが大体それくらいの大きさで、その中に、ようじの先をチョンと立てて

たけ「こうやって見ると、凄い少数派でしょ?この少数派で、この広いテーブルを埋め尽くす驚くほどの数の人々の幸せのために、トロンボーンを吹くことになるわけ。そう考えたら、下手っぴでいるわけにはいかんでしょ?!」



(^o^)僕の父親が残してくれたいくつかの言葉の中で、最も印象深く有難いもの。

吉川勇男「たけのり、人間は死亡率100パーセントやけんのぉ」


川越へ。

posted by take at 15:26| 活動報告

2016年07月20日

アぶラビアンナイト


昨晩の高松の夜、いつもの仲間、四人での宴、とある話題でニ対ニの言い合いになった。

Sはとにかく揚げもん好き男。スナック菓子も何よりの好物で、「煎餅にしたらどや。ほんなら一袋はいけんぞ」と提案すると、「揚がってないから……」とツルリと却下される。

油ばっかり身体に取り入れることに関して不安はないのか?と投げてみたところ

S「まるでありません。てか、油って美味しいじゃないですか」

ついには、ジョッキで飲むのもやぶさかではないと言い放った。

たけ「あのなあ!!取りすぎたら身体によーないやろ。とにかく気持ち悪ーなるやんか」

S「それが僕、最近まで胸焼けすら経験なくて、みんななんが気持ちわるいんやろーて思いよったんです」

女子KがSに賛同し、僕と同じ派女子Mとのニ対ニの、オイルウォーが勃発する。

どうやら彼らとは体質が違うらしい。僕もMも共に、幼少のころ油をとりすぎて一晩中のたうちまわった経験があり(僕は、食パンの耳揚げ砂糖まぶしをビニョール一袋…あほや)、ある意味トラウマとして「嫌いではないが、取りすぎ注意」というイメージが確固としてある。これ、ノーマルやと思いますが。

しかしS&Kコンビにはまるでないらしく、とれるものならとれるだけとりたいらしい。

S「うどん屋でたこの天ぷら頼んで、汁に浸したら衣がふにゃふにゃになって剥がれそうになることあるじゃないですか。それを皿に出して、衣剥がしてたこだけ食べる人がおるんですよ。信じられんですよね」

たけ&M「………」

S「いや、意味ないやないですか。剥がれたらたこ食べんで衣の方食べるでしょ」

たけ&M「んなあほな!それやったらたこ食べるやろー」

世の中には、同じホモサピエンスでもいろんな身体があるようだ。いろんな胃袋、いろんな味覚。内臓構造そのものが違うんかもしれん。こうなったら、うどん屋の天ぷらラインナップも、更なる多様なバリエーションが必要なかもしれない。

◎たこの天ぷら
◎衣の味がついたたこ
◎たこの味がしみた衣

辺りはニーズに応えることになるのかもしれない、いやならない。


高松一高、レッスン。帰京。

posted by take at 18:52| 活動報告

2016年07月19日

ビジュアル系


僕はCDと実演では、それが同じ演奏であっても、その長さは違うと思っています。

CDはとにもかくにも音が突然スタートするわけで、そこからが演奏になる。しかしコンサートは、管楽器奏者だと息を吸って、弦楽器奏者だと弓を振り上げ、ピアニストだと腕を上げて音が出る予備運動をするわけで、聴衆としてはそれを目撃することにより、音が出るタイミングやムードを察知することになる。ここから既に始まっている気がして、ライブの方が演奏時間は長いと思っているのです。

この息を吸う姿を見て、どのタイミングで、どのようなニュアンス、どのような音量の音が出てくるのか、それが聴衆に予測がつき、答えあわせのように合致することは、実はとても大切なことだ。

逆に言うと、違和感をもって音が迎えられたとしたら、それは音楽的というのとはほど遠いのだと思う。

柔らかく出てくるのだろうと思っていたら激しく登場。はっきりとテンション高く来るのだろうとイメージしたらふわっときたとか。

つまりこれはインプットとアウトプットが同じキャラクターになっていないということで、音をのばすための燃料として、

「とりあえず身体に空気を入れてためればよい」

という価値観で吸っていることになる。

実は、ここにしっかりギャップがある、吸っている姿に音楽が感じられない人というのは、イコールその瞬間に

「イメージを持つ」

ということができてない人だ。この唯一のイメージタイムに持てないプレイヤーというのは、音が出てからその音をなんとかしようとする、つまり後手にまわってしまっていることになる。

実はこの瞬間こそ、結果ビジュアル系でいることは大事だ。聴衆に見せてやろうという意識は必要ない。ただ、次の瞬間の音と音楽のために、自分の強く深いイメージに浸りきればよいだけ。

あるバイオリニストの言葉

「弦に弓をあてる瞬間には、必ずイメージをもってなくてはならない」

も、実はこのことを見事に表現した真理である。


高松一高、レッスン。

posted by take at 15:47| 活動報告

2016年07月18日

腰に願いを


ぎっくり腰になってしまい、夜の話し合いをキャンセルしてしまいました。関係者の皆さん、本当にすみません。

ぎっくり腰になったことない人から、「どうなったらなるんですか?」と聞かれた。

たけ「突然グキッとなるんだけど、身体的には突然ではないんだよ」

とわかるようなわからないような言い方をした。

蓄積披露は必ずあるはず。ただ、グキッとなる寸前までそれがわからない。かつての経験上、少し怪しいとかばった動きをしている時もある。しかし、

「ギャッ☆今この動きでくるんかー!!」

は、どうしても予知出来ない。

実は、ここ五年以上それしか履いてないMBT(マサイベアフートテクノロジー)ではなく普通の革靴を履き、いつものリュックではなくショルダーバッグでトロンボーンを持ちながら走ったらなった。

急がば腰が回らなかったようだ。

今日は大人しく寝ます。


演奏会を聞く。

posted by take at 20:23| 活動報告

2016年07月17日

北国からの春


今日は生徒の結婚式でした。

東邦音大の先輩後輩。トロンボーンとチューバという、どこぞの放送局オーケストラのチューバ奏者と同じ組み合わせ。どうも一番後ろの雛壇の隣近所で吹いていると、周りが気づかないうちに仲良くなるらしい。

片やブロカートの団員で、片やエキストラだった。オケ全体でのアンサンブル重視の中、どうやら指揮者の知らないうちに、二人だけでコアなアンサンブルしていたようだ。

彼女は内面はしっかりとした強さを持っているが、普段はあまり外に出さないタイプ。暗い人ではない、物静かに微笑む感じ。声をたてずに大爆笑できるという特技もある。仕事はキッチリ丁寧で頼もしい。地道に成長しながら、進んでいる。友人にも恵まれている。マイペースとコミュニケーションをうまく使い分ける人。


新郎は、真面目なマニア。音楽大好きチューバ大好き。個性的な話し方がユニークで、少々いじられキャラ。優しく丁寧な印象。嫌われる理由がない、性根の素敵な人。

そんな二人は、新潟県柏崎市と青森県むつ市の出身。お互い北国らしい、明るく賑やか、アウトプット多めで余計なことも言う……とは、逆の人たち。

微笑ましく素敵なカップルだ。

これからも、社会人として、そして夫婦としても様々な経験をするだろう。でも、何があっても、マイナスを越えるプラスを育て、二人だけの幸せを手に入れていってほしい。

今年から来年にかけては、何人もの生徒が結婚する。ある意味ラッシュ。先生としての生徒の思い出を胸に、門出に対し祝福の拍手を贈れるのは、本当に心から嬉しく有難いことだ。

えり、きむじん、末永く幸せを育てていってください。


結婚式。

posted by take at 10:57| 活動報告