2016年05月28日

動く音


長くN響を聞いている家人の最近の感想として

「指揮者によって、凄くオーケストラの音が違う」

というものがある。

もちろん以前から言っていたことだが、しかし最近はこれがクローズアップされている印象。

「凄く吹いている、凄く弾いているのはわかるんだけど、意外に大きく聞こえない」

「響きが薄く、硬く感じる」

なんてネガティブなものもあるが、

「この指揮者の時は、本当にいい音がする。あたたかく拡がるサウンド。どんなに大きくなってもキツさが一切なく、美しさと相まって本当に心地よい」

なんて言葉が、余程気になる。それは音楽的スキルの高い音であろうし、そんな音をもった演奏こそが、

「真の音楽的演奏」

なのではないかと思ってしまう。

感想とマエストロたちのアプローチをよくよく精査すると、僕の印象なりに二つのポイントが見えてきた。

ひとつは音楽的欲求でありひとつはテクニックだが、これらは密接に繋がっているのだろう。頭の中の欲求がそうだから、身体もそう動くという。永年の経験、研究からのテクニックが生んだサウンド、流れもあるのかもしれないが。


頭の中としては、「止まらない音」「留まらない音」があるということ。これはもちろん全体の流れに貢献するものだが、音ひとつに対するイメージが「動き」という快感を生む気がします。

テクニックとしては、「はっきり示すことはあっても、腕自体の力みと叩きつけるようなショックをもたない」、ではないかと。常に音楽は動くべきなのだとしたら、はっきりとしたタイミングは存在しても、その限定された瞬間すら止まるべきではない気がします。


オーケストラが本当にいい音がするアプローチ。今最も興味ある研究。トロンボーンの息、イメージ、身体にも取り入れなければならない。


帰京。

posted by take at 09:11| 活動報告