2016年05月08日

受験生の皆さんへ


僕は、音楽大学は、

「習いたい先生」

で選択すべきだと思っています。それが、受験までに習った先生の場合もあるでしょうし、違う結果になることもあるでしょう。

幸い、今東邦に入ってくる人のほとんどが、僕に習うことを選び入ってきている。沖縄は僕の方が後参者なので違うが、でもお互いいい関係でレッスンはなされている。(と僕は思っている)


実は大学で教えているほとんど全ての教師は思っている。

「私に習いたい、という気持ちで大学に入ってくるべきだ」

と。これは受験生にはわかっておいてほしいこと。「イメージでなんとなく大学を選び、配属されたら先生でした。先生のことは演奏も人間もよく知りませんが、よろしくお願いします」というのを望む教師はまずいない。副科じゃあるまいし。

私たち教師は、これを「低い意識」と呼んでいる。


現実は、なんとなくのイメージで選んだり、自宅からの距離やかかるお金で選んだりする受験生、家庭は多いとのこと。

国公立でなければ行きたくない、レベルの高い所で学びたいし、お金のこともあるし、というのはわかります。親の意向も強かったりする。そんな親御さんにもわかっていて欲しい。たとえそうであっても、どんな先生に習うのか知らないで目指すのは、怖くないですか。実は専攻の先生との関係、相性は、学生生活に一番大きな影響があります。演奏やスタイル、スキルに最も反映することなのです。

そんな習う先生不在の選択は、現実的にはとても多いようです。本当にそれで良いのでしょうか?


レッスンの内容という、最もコアなイメージをもたずに進学し、入ってから

「合わないから」

と大学を止めてしまう学生は増えています。内容もそうですが、人間的に合わないとか。悩んでしまい、病んでいったり、場合によっては鬱になっている学生もいます。そういう学生が多いクラスもあるようです。

超現実的な話をしましょう。大学というのは、どこもそれぞれに魅力があり、場合によっては盛り上がってない分野もあったりする。

その上での選択として、どんな楽器、どんな専攻でもAという大学に行けば問題ない、Bにいってもしょうがないといったシンプルなレッテルで語れる話ではありません。

例えば、Aという大学でも、科によって、更に複数いるどの先生に習うかにより雰囲気も求められることも大きく異なります。教育者としてスキルも熱意も高い先生がいればそうでない場合もある。手取り足取りもあれば放任もある。優しい先生もいれば厳しい先生も。明るい先生もいれば暗い先生も。尊敬すべき人もいれば、ハラスメント含め問題がありがちな人も。

そして、あなたが本当にやりたい演奏を尊重し教えてくれる人がいれば違うタイプの人もいる。あなたのコミュニケーションスタイルと合う人もいれば、我慢できないくらい合わない人もいるかもしれない。それでも、先生として相対しなければならない。

だからかつては、受験前にレッスンに通って判断することは当たり前だった。大体地元の先生からの紹介で、信頼のある人へと通ずる道筋があった。今ならオープンキャンパスや体験レッスン等様々あるが、それをかつてより数多く経験した上で、でも大学の雰囲気や家からの距離で選んだりしたりすると聞く。一体大学生活に何を求めているのか?

受験の前に、「この先生の元で」と明確に判断していれば(18才ならできるはず)、自分の選択に責任ももてるので、学ぶことを貫き通すという当たり前のことができるが、そうじゃなくただイメージで選び、大変な思いをしてお金も使って大学に入った後で、「この先生じゃ合わない」 と言い訳と共にある判断になるのは、僕は全くもって勧めない。

大学というのは、専門的に学ぶ場所。少なくとも自分のトロンボーンを伸ばしていける、そう導いてくれる教師の元に行くべきであり、その下調べをするチャンスは設定されています。CDだってYouTubeだってある。


どこの大学に行くのが大事か、これは皆さんにとって大きいことでしょう。ただ同時に、誰に習うかは皆さんが想像するより本当に大きいのです。

親御さん共々、是非有意義な選択をして欲しいと思います。大学なんですから。


N響、オーチャード定期。
ちなみに、僕は東京芸大と国立音大を受けた。理由は、N響の伊藤先生に習いたかったから。留学はベルリンへ行きベルリンフィルのアルントに。僕にとっては常に、最高峰のオーケストラの奏者に習うことが第一義でした。

posted by take at 20:58| 活動報告