2016年05月04日

全てが納得


今日はピアノ合わせでした。

お父様がN響のトロンボーン奏者だった三輪郁さん、ダヴィッドやライヒャは弾いたことがあったそうですが、今回のがちーズ、マルタン、デュティーユ、ヒンデミットは初めて弾くのだそうです。

僕も久しぶりに取り組みましたが、作品の濃度と充実度の高さ、そして郁さんが引き出す見事な音楽観に、幸せを感じると共にヘロヘロになるくらいエネルギーを消耗します。一曲終わるたんびに、ゼーゼー。

やはり手軽で、そこそこの内容の曲って、体にも頭にも楽なんだなあと改めて思いました。

後半のカステレードは、僕も初めて取り組みますが、かなりやり甲斐のある作品です。相対しやすい洒落た魅力が随所に感じられる。更に演奏に力を込めたい。

高嶋さんとの今回のバッハは、いろいろディスカッションをしながら、楽譜をどんどん深くしていってます。やりながらの変更も多く、より説得力の強いシャコンヌ目指して力を使います。

それにしても、バッハというのは、なんと素晴らしい音楽なのでしょうか。他の作品と違って、不意な進行、不意な跳躍が全くありません。全てが美しさと内面を揺さぶるメッセージの籠ったシンプルな音列だけで作られています。


全てが納得なのです。


だから、吹くこと自体は難しくない。スタミナや高音等難易度はあるけれど、でも不意から生まれる魅力と相対するとか、演出するとか、理解するのに頑張って更に自分を盛り込んで、という箇所はない。

つまり、全て素直に、自然に表現することにのみエネルギーを使えば良い。

そのことは最も幸せな行為のはずなのに、実はどの曲よりも消耗することになりました。

納得からの理解、万人にとっての価値ある喜びでありながら、じゃあ自分が演奏する意味とは? そしてその音楽性は本物なのか?

あまりにシンプルなプレッシャーと向き合わざるを得なくなったからです。


泣き言ではありません。意欲に見あったスタミナが欲しいのです。


ピアノ合わせ。

posted by take at 19:03| 活動報告