2016年05月21日

美しき田園風景


昨日今日の定期、マエストロ・ネーメ・ヤルヴィ、つまりヤルヴィ父ちゃんとの本番。息子とだけでなく、N響は近年このベテランマエストロとも共演の回数が増えている。

曲は、カリンニコフの交響曲第一番と田園。

素直に考えると、普段聞く機会もやる機会も少ない(アマチュア界ではよくやるとのこと)カリンニコフに印象が集まるが、昨日の本番は想定外の結果になった。もちろんカリンニコフも良かったのだが、『田園』が驚愕の場外ホームランとなったのです。

僕は今まで相当回数、田園をやってきた。新日フィル、N響共にやる機会は多いし、ここ10年は毎年大晦日にまでやっている。

その経験の中で、実はこの曲に対してある印象を持っていた。運命や第九、更に他の作曲家の作品と比べ、どんな指揮者でやっても似たような演奏になる曲だなと。細部のやり口、フォルム、テンポなんかもだいたい定まっており、ある意味この曲の名演になるパターンはもう型が出来上がっていると勝手に感じていた。つまり、やる方としては新鮮味はなくなっていたのです。

しかしヤルヴィパパの田園はまるで違った。楽章をおう毎にその新鮮な魅力は増していき、終楽章では、ただの伸ばしばかりの我々トロンボーンも、通常とは随分違う吹き方をした。音が出る度に、これでもかとニュアンスの変化に富んだ音を放った。

「今まで知らなかったが、田園ってこういう曲だったのかもしれない」

と思いながらのステージ、美しき田園風景を目の前に、強く幸せを感じる本番になった。


やはりオーケストラは長く続けてみるものだ。わかった気になっても、まだまだ知らない感動が隠れていて、陽の目をみる瞬間を待っている。驚きも感動も、まだまだこれからなのだろう。

ありがとう、ヤルパパ!!


N響定期。

posted by take at 18:24| 活動報告

2016年05月20日

正確の価値


大変シンプルに

「インテンポで正確なリズムで演奏できること」

「限りなく正確な音程で演奏できること」

この能力を持つことは大事です。というか、上手いとはそういうこと。

もしかしたら、これ以外の部分で上手くなろうとしている人は多くないだろうか?


正確なリズム、正確な音程というのは目指さないと手に入らない。経験値が低いうちは、様々な抵抗にやられ、リズムは乱れ、音程はあっちゃこっちゃいくのが普通だから。

で、目指した場合、まずは正確なリズム、音程が一体どんなものなのかを知らなければならない。それが第一歩だが、実はこれは目指した人にのみ理解の仕方がわかるもの。

目指しさえすれば、私たちにはチューナーもメトロノームもピアノもあるので、それらをうまく利用すれば、どんなものが正確なのかは理解できるようになっている。

しかし本気で目指してない人は、これらの道具を使っても、どんなものが正確なのかの理解に乏しいので、身にはつかないとなる。

なぜチューナーもメトロノームもありながら正確にならないか、それは本気で目指すという気持ちが宿らないからでしょう。

なぜ宿らないかというと、それはある程度で良い気がする、つまりボーダーが低く、更にそれ以外の何かで上手くなろうとしているからだと思う。

「皆が正確なリズム、正確な音程で演奏したら、同じ演奏になってしまうじゃないか」

そうではありません。

個性豊かな、世界に通じる名手の誰しもが、リズムも音程も正確に演奏しているのです。

実は音程とリズムは「音楽性」の、かなりのパーセンテージを占めている。楽聖たちには、これらの現実、そして自分のリズムと音程の現状に、早い段階で気づいて欲しい。


N響定期。

posted by take at 21:21| 活動報告

2016年05月19日

受験の神様池田様


N響の若い演奏家が、改まった雰囲気で話しかけてきた。

「私、吉川さんにお話ししたいことがあるんです」

な、何?!悪いことはしてないつもりだが、自動的にビビる小心者。

「実は、吉川さんが池田さんについて書いていたブログを読んだことがあって……」

ありゃ、そやつは一番登場頻度高いがな。

「とてもいいなあと思って、そのブログを携帯の待ち受けにしてN響のオーディションに挑んだんです。で合格できて。いつか言おうと思いながら今日になりました」

なるほどね……てか!ブログが待ち受けって。お守りにもなったのなら、やっぱり池田は有難〜いお方やね。

2012年1月28日のもの、再び載せさせてください。けっこーえーこと書いとる。自画自賛。タイトルは、まんま『池田幸広』。


――――――――――

N響が誇る音楽家、名テューバ奏者。
「池田のこと、書いてもいい?」
本人に許可をとります。何を書かれるか確認もせず二つ返事で
「いっすよー」………流石です。
ということで【実名、実録池田幸広】書かせていただきやす!
はじまりはじまり。

僕は幸運にも彼の隣でバストロンボーンを吹いたり、隣の隣でテナートロンボーンを吹くことができたりしている。これはかなりラッキーなこと、幸せなことだと思っている。

彼のサウンドはもっちりとした質感と豊かな響き、ぼやけない形とどっしりとした安定感が魅力(吉川談)。巨大なNHKホールを響かせるN響の支えとなって、今日もたくましいプレーを披露している。言葉にするのは難しいですね。皆さん、是非聴きに来て下さい。
人間も明るく柔らかくおおらか。いつも落ち着いた雰囲気で、何より周りに気を遣わせない人柄が素晴らしい。


2005年、N響のテューバ奏者新旧交代劇は日本中の注目を浴びていた。何せオーケストラのテューバの席はひとつ、前任の多戸さんは若くして団員になったため38年ぶりのオーディションとなったのだ。他のセクションではありえないほどのスパン、日本中の腕自慢達が“待ってました”とばかりに名乗りを挙げたのは言うまでもない。この交代劇はNHK本体も注目するところとなり『人間ドキュメント』という番組で、広く日本中に知られることとなった。

オーディションを受けた当時、大阪の吹奏楽団に所属していた彼は
「どーーーーしても受かりたかった(本人談)」
ので、寝袋を持って練習場に篭る。帰宅もせず毎日夜中の2時、3時まで練習に励んだそうだ。

国立音大の出身。「東京芸大は無理だから」とはっきりと師匠I先生に告げられたそう。
「一年生の時はかなり下手で存在が薄かった(本人談)」
二年生の夏休み、静岡島田市に帰省した彼は、暇な休みの間屋外で毎日15時間練習した。15時間ですよ、15時間!!
「下手だったのでコープラッシュ1曲に2,3時間平気でかかりました」
「なにが、そうさせたの?」
「自分ではない人が上手い、と話題になっていたので負けず嫌いの血が騒いだんです。その評判のせいで自分が下手だという自覚はありました」
夏休みの終わり、門下生の合宿に参加したところI先生が
「池田、どうした?何があった?ずいぶん違うじゃないか」と。
え?更に下手になったのかと思いきやその逆。夏前は“受けるのは次回”と言われていた管打楽器コンクールも“やってみろ!”そして結果は第三位。その三年後には見事第一位を取るのである。


彼が荒川の土手で長時間練習をしていたというのは『人間ドキュメント』でも紹介されていた。
金八先生の世界、僕が確信を持って
「広い幅の川向こうにいる3年B組の学生に聞かせるつもりで吹いてたんでしょ?」と聞いたところ、
「いえ、もっと遠くに野球のグラウンドがあって、そこのスコアボードから跳ね返ってくる音を聞いてたんです」
……はぁ、そら失礼いたしました。

「あと、川沿い高速の下は響くんですよ。そこは僕にとってサントリーホールでした……」

やはり大物だ。


学生達よ
君が誰であろうが、ひと夏激しい熱情に突き動かされ、一日15時間練習すれば驚くほど上手くなるし夢は叶うだろう。
出来るかい?
学校が忙しくて、バイトが忙しくて時間がありません、そんなの言い訳だ。時間は自分でつくるもの、環境、状況を言い訳にする人に夢を、楽器を持つ資格はない。
簡単な話だ。池田幸広は、今も毎日15時間練習しているわけではない。しかし、燃え上がるひと夏、どうしても勝ち取りたいコンクール、オーディションの時は、15時間練習するくらい見えない何かと闘える、寝袋まで持って夜中まで練習を続けられるくらい楽器が好きだ、上手くなる自分を信じられる。

それが才能なのだ。

夢はそうやって叶うのだ。


定期公演初日、悲愴は名演奏になりました。

――――――――――


N響定期練習。

posted by take at 19:03| 活動報告

2016年05月18日

世の中のため、人間のため


『アメリカ、アトランタ交響楽団のコントラバス奏者、ジェーン・リトルが15日この世を去った。87歳だった。彼女は世界で最も長いキャリアを持つオーケストラ団員だった。第二次大戦中の1945年2月、16歳でアトランタ交響楽団の前身にあたるアトランタ・ユースオーケストラに創立メンバーとして加入。その後、約71年に渡って同楽団に在籍した』


このニュースを、シェアしていた人がたくさんいました。日本では考えられない年齢、ステージ上演奏中に亡くなったこともあり、演奏家の立場としては、様々感じることが多いのでしょう。


僕は、やはりアメリカらしい価値観、

「年齢と生命力をリンクさせるイメージ、及び定義の無意味さ」

を一番に感じました。

アメリカ人が嫌がる年齢の話、日本人は好きで、

「もう二十歳、私オバサン」

から始まり、「もう30歳」「もう40歳」「もう50歳」と、日常会話もテレビも煽る煽る。会社も一律60歳で定年(いずれ一律65になりますね)。還暦なんていうと、もう人生の大半終わったみたいな雰囲気で、本気で「お疲れ様でした」と。

本当は個人差があるから87才になるまで現役オケマンとして生きる力に溢れている人いれば、20代から「くたびれた、しんどい、もう無理」ばかり連発、実際気力ややる気を感じない人もいるのが現実。

実際自分たちも、社会的イメージを語ることで自分が影響を受けがち。「もう、〇〇才だから、体力落ちてきて、記憶力が……」

本当かな? 自分が自分をそのイメージにあてはめることで、結果自らを無意味に衰えさせてないだろうか?


見た目が変わるのは仕方がない。白髪が増え、シワが増え。仕方がないのに見た目を若々しく、と煽るエネルギーは強い。「若く見える」ためのグッズは、朝から晩までCMを賑わしている。 「見た目を若々しくしたら、内面も変わる」というのはわかるので、意味がないとは思わないが、しかし人間の本当の価値をはかるとして、見た目でないことは誰しもが潜在的にわかっている。


見た目でないなら、人間の価値、その最も素晴らしいことってなんだろう?


社会というコミュニティにいる以上、社会貢献というのはポイントとしてある気がする。ただ仕事で云々だけでなく、家族や周りの幸せ、そして何より自分自身の幸せのために、生き甲斐に溢れ気力に溢れ、明るく元気な人生を送れる力があることなんてことだとしたら 「世のため人のため」改め


「世の中のため、人間のため」


という言葉は、適切かもしれない。


N響定期練習。川越へ。

posted by take at 22:35| 活動報告

2016年05月17日

日本パッケージ論


演奏会の日。

本番前の夕方、とあるプレイヤーがコンビニおにぎりひとつとコンビニ手巻き寿司ひとつを食べ終え「ふぅ…」とため息(?)をついた。

たけ「わかるよ。豪華ディナーが終わってしまったね」

「わかります?」

たけ「私くらいになるとね、いろんなことがわかるんだよ。まず本番前に一個じゃ足りないんだが、二個食べちゃうと、本番後にがっつり食べる気になれるか、一瞬気になるんだよね」

「………」

たけ「でも、本番終わると結構遅い時間になっているわけで、もしかしたらこれが今日のメインディナーか?だったら、このラインナップでよかったのか?」

「………」

たけ「そしておにぎり二個でなく、ひとつは手巻き寿司だったこともわかるよ。そういう日本人はコンビニ関係者が思っているより多いと思うんだ。初期は手巻き寿司のラインナップももっと多かったが、ニーズが少ないと判断されたのか納豆のみが生き残った時代もあった。あの頃は手巻き寿司受難の時代として記憶にある。手巻きは生きにくかった。納豆バリエーション含め少しは増えた雰囲気の現代でもしかし、二個買うならひとつは手巻き寿司という日本人は、意外に多いとはずだ」

「開け方は他にもあるんじゃないかと、やっぱり思っちゃうんですよね」

たけ「わかるよ。それも多くの日本人が思い、そして考えてみて、やはりこの形を打破出来ない我が国がある。実はおにぎりは初期、いくつかの開け方あったよね。年配者含め、方法わからず、結局強引に開けおむすびころりん海苔ビリビリ。結局今の方法に淘汰され久しい。この開け方を考案したおっちゃんの特集をテレビで観たことがある。英雄のようなたち位置であった」

「もう少し簡単な方法…」

たけ「わかるよ。そう、これでも手間を感じているのと、やはり海苔だよね。破れて、ビニョールの方に残ってしまう場合がある。僕は思うんだが、海苔はあそこまで大きくなくてもいいんじゃないか?!本家お母さんの三角むすびの場合、確かに全面くるむのもあるが、味付け海苔サイズを貼ったみたいなやつの方が多かった。コンビニおにぎりも味付け海苔サイズとはいわずとももう少し小さければ、破れるリスクは少ないと思われる」

「………」

たけ「更にどうにかならんかと思ってしまうのは手巻き寿司のほうだな。実はあれは空中で作るのが困難。テーブルや膝の上を使わなくてはならないところ。更に開いたときにシャリの両端へビニョールを更に開かなければならず、更に更に複雑な形になった全体像を上手く海苔で巻こうとして破れるだけならまだしも、シャリを床に落としてしまったりしてだね、号泣した日本人のなんと多いことか。この現代のハイテクノロジーの時代においてこのやうな……」

「吉川さん、そろそろ着替えた方がいいですよ」

たけ「はい」


N響定期練習。レッスン。

posted by take at 17:34| 活動報告