2016年03月15日

子供時代 大人時代


きっと、小学校出る位までの親子の関係や家庭環境は、その人の性格形成に物凄く影響があって……

本物の愛情をたっぷり受けたかどうかもあるが、両親の習慣や価値観、会話も、小さい頃は考察も何もなくリトマス試験紙のように、素直に吸収しているでしょうから。そういう意味で、親は厳しかろうが荒っぽかろうが

“ある程度正しい発言”

をしていることは大事だろう。反面教師や反骨ったって、そんなのも無理なくらい純粋なのが子供だということだろうから。

そうは出来てない親に限って、子供の具合の悪さを学校のせいにしてくると聞いた。

大学で教える僕にとっては、家庭の細かい実力ははかりかねるが、ただ性格や価値観のほとんどは、大学に入った時には出来上がっており、その後問題を感じたしなめたとしても、根っこまでは届かない印象。


で、そうなると大人になり、社会へ出て、家庭をもちとなってからの、長い時間の人格形成だが……

大人になると、今度はあれこれ考えながら生きることになる。周りには、尊敬されたり人望の厚い人もいれば、軽蔑されたり認められない人もいる。愛される人、嫌われる人。この多様なサンプルは、全て自分がどう生きていくかを考察する材料だ。

「自分は不本意だが周りに認められない」と言ったところで、社会の評価というのは概ね当たっているので、ほぼ動きようがない。そこではうまくいかないからと、自分を認めてくれる人にひっついていくことになるが、大体類は友を呼ぶで、似たような人格で集う可能性は高く、認められないコミュニティに染まる可能性も高い。

つまり、正統的にうまく生きたいなら、周りのサンプルを教科書に、自分で自分を変えていくしかない。素晴らしい人に出会えばなんてことも考えるが、やはり大人が歩む教育は、周りの人や環境に主軸があるのではなく、自分自身しかないのだと思う。素晴らしい環境で、素晴らしい人格に囲まれていても、駄目な自分を変えられない人もいる。

小さい頃は親、大人になったら自分。

当たり前のような言葉だが、違う言い方をすると


「子供の頃は、どんな親の子として育つかにかかっている。大人になると、周りでは全くなく、とにかく自分自身の力でしか自分を変えることはできない」


となるのだと思います。


N響金管アンサンブル、テレビ収録。

posted by take at 20:08| 活動報告