2016年02月25日

損得


カレー屋さんの福神漬けは、基本取り放題である。『お一人様、スプーン一杯まで』とは書いていない。僕は、スプーン二杯くらい、らっきょうもあれば三つくらいは取る。取り放題だからこの際という貧乏性もあるが、正直に自分に問えば“好きだから”である。


カレー屋ではないが、ある人と食事した際、とある取り放題トッピングを驚くほど取っていたので驚くほど驚いたことがあった。本家の味がわからなくなるんじゃないかってくらい。召し上がるのを見ていたら、本家とのコラボははなから離脱しており、トッピングは別の料理として楽しんでいた。一点を見つめながら、ノンストップで夢中に口に運ぶ姿を見ながら

…そ、そこまで好きなんだ

この店で心おきなく堪能できてよかったですね、と思った。


別の人にその話をした。「あの人、〇〇物凄く好きなんだね」。すると次の瞬間、僕の想定外のコメントが返ってきた。

「いや、あの人は全て損得で動いているんですよ」

たけ 「…………」

しばらく言葉はでなかったが、少し経って自然に沸いてきた言葉をなげてみた。

たけ 「そうなんだ。でも得しようと思わないで生きた方が、後々結局得するのにね」



そら誰も損をしたくはないし、できれば得したい気持ちはあるでしょう。しかし人生一度も損しない人なんていないし、何をもって得と感じるかは人それぞれ。ただ、日常的に有難い得はそれなりにしている気がする。

自分で損したくないからこうするとか、得したいからああするとか、たとえばそれが価値観の中心にあったとして、果たしてそううまくいくだろうか? (得ありきのバーゲンや百均に行ったとしても、結局後々使わないものにお金を使うはめになってたりもする)


実は社会は、自分が得しようとすると、誰かが損をするようにできていたりする。

小さい得を日銭の如くせっせと集め、気がつくと周りの損からくる自分に対する評価、付き合いと生きる人よりも、周りの得のために、多少の損をいとわずせっせと生きる人が、後々得しているように見えます。


そもそも損を感じがちな人いれば、損に鈍感な人もいる。

得に執着する人いれば、想定外の得に驚き、迎え入れたと思えば周りに還元しようとする人もいる。


損得なんて不意に訪れるものだし、人によって自覚の感覚、沸き上がる感情はずいぶん違うのだろう。

人生のいろんなタイミングで経験するものでもあり、求めたり決めつけたりするものではないのでしょうね。



川越へ。ブラスアンサンブル練習。

posted by take at 12:48| 活動報告