2016年02月21日

アンサンブルの価値


アンサンブルをする意味を考えたい。


もちろんシンプルに、やってみたいから、楽しいからというのはあると思う。しかし音大なら、更なるスキルアップに繋がる意味合いが必要だと思う。

まず、自己満足的なベクトルにならないよう、質の高いパフォーマンスへの意識が不可欠。それも、当然どこまで出来れば良いというボーダーはないが、プロらしい安定感、「頑張ったね」と励まされるのではなく、「とても感じるものがあった」、できれば「感動した」と客席から思われるよう、音も意識も自分から剥がれ、遠くへと向かわなくてはならない。

この「自分から剥がれる音、意識」については、いずれまた書いてみたいが、アンサンブルをまとめるという、演奏家同士にのみ意識が向くことを更に超えていくのは、何気に難しい。

ソロではなくアンサンブルだから、まずは演奏家同士の調和と協調は当然目指す。しかしそのことが、控え目なエネルギーを生んだり、ステージの内側にのみベクトルが向かい、場合によっては、客席から真逆の方向へどんどん引き込もっていく可能性もある。

地味な息になり地味な音色になり、地味な舌になり地味な立ち上がりになり、何より表現力の乏しい地味な演奏になる、調和はしてはいるが、みたいな。

それでは意味合いとしては、かなり弱いのだということを知っていたい。


じゃあどうすればよいかというと、とにかく


“やる気と信頼”


である。“モチベーションと挑戦”と言ってもいい。

オーケストラをやっていてもそうだが、ピアノの場面ほどテンション高く立ち向かう必要がある。どんな音量の音でも、やる気に溢れた息を使わないと、実は演奏家が思っている以上に聞き手はしらけてしまう。

信頼するというのは、余裕のある心からしか生まれない。自分のことでいっぱいいっぱい、周りのメンバーや客席からプレッシャーのみを感じているうちは無理。ベクトルとしても引き込もっているわけで。

演奏をするという生き方に、たとえ無確信であっても自信をもち喜びを感じ、そして仲間と聞き手を信頼する。

自分も、音楽のひとつの必要なパーツを担っているのだから、問題回避的に引っ込むのではなく、

「我こそが、全体の発展に対し貢献する」

とばかり沸き上がるものが抑えようもなく沸き上がり、影響を与えようとあおるように発信する。これが周りに対する信頼であり、そういうアンサンブルの中での自我の在り方を体現しても聞き手は喜んで迎えてくれるだろうと思うことが、聴衆に対して信頼するということだ。

そうして初めて、ベクトルは内側から外の空間へ向く。つまり仲間に向き、聞き手へと向くことになる。


アンサンブルを数経験することで、人間としての協調性も育つが、自分の音や音楽性も育つだろう。そういうアンサンブルができるべきである。

ハイブリッドというのは、各々の良い部分が融合し、新しく素晴らしい力が生まれることだが、アンサンブルでもそうなるよう、力を存分に発揮し、それが自分のスキルとしてプラス身に付くような流れも必要。周りの人の良い部分が、自分にも宿ってくるみたいな。

更に、自分の駄目なところか減っていくまでのやり口が実現できたら、それこそアンサンブルをやる意味としては、極めて理想的であろう。


ここ数日で試し始めた新しいパターンがある。大変に興味深い結果が出つつあり、その流れが今日のブログへと繋がりました。


N響、福岡公演。

posted by take at 16:38| 活動報告