2016年02月14日

ブロカートの新しい時代


オーケストラの演奏とは、もちろん安定して磐石、例えば同じように何度も破綻なくパフォーマンスできることは大事。

と同時に、しなやかであり、即興的な時の流れ、一期一会的な霊感からの展開に柔軟に対応し、新しい表現を楽しみながら更なるやる気に溢れ、より盛り上がれるのも大切なスキル。

今日のブロカートの本番では、全ての曲の随所にそんな瞬間があった。

流れが繋がりまくり、複雑なスコアが見事に一本のラインになり、まさに人間の内面の葛藤、歓喜が現れ、妖艶な色に溢れ、そしてきちんと死に至ったドンファン。

エロイカも、計算され尽くしたスコアから、リハーサル時には見えなかった突き進む流れが生まれ、細かく指揮をしなくても、向かう方向がはっきりと見えていた。

そしてアンコール。青きドナウは、自由な閃きに対して、ニュアンスたっぷりの音色が、ヨハンショトラウスの“自由さ”という魅力を引き出していた。


ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。これからも、応援していただけたら幸いです。

ブロカートフィルは、新しい時代に入りつつあります。とても素敵な個性をはっきりと示せる、聞き応えのある表現の時代にです。


ブロカート、本番。

posted by take at 16:28| 活動報告

2016年02月13日

感じる麺

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夕べのタカマツナイト、衝撃の発言が笑劇を生んだ。

「なんだか、埼玉県がうどん県を名乗りたがってるらしいですよ」

な、なんとかー!!!

いや僕も長く埼玉の大学へ通っているわけで、いじられ気味の埼玉に対して“特徴も個性もあるいい県ですよ”と、ばかにするどころか愛着もあるんですけど、でもこれはどうでしょう。ちょっと……で、ギャグだろうと思ってその記事見てみたら、正確にはこんな感じでした。

埼玉県内のうどん店を巡って、Facebookなどで情報を発信する「埼玉を日本一の『うどん県』にする会」が、うどん店への来店客を増やし、「うどん熱」を盛り上げようと呼びかけているとのこと。この会、入間市在住の会社員の方々が作った会のようで、東京大学うどん部と一緒に食べ歩きレポートしているそうです。

ま、うどんを愛する気持ちに資格も権利もないので、自由っちゃあ自由ですが、でも、正直夢に無理がないでしょうか。盛り上がっていくのは必要だしいいと思うのですが、明らかに香川のオリジナルである『うどん県』という名前を使った目標だと、オリジナリティを装備する精神と、ある程度現実的なデータを武器に叫ばないと、無理難題は無理なんだい!となり、盛り下がる気もするのです。100パー大きなお世話ですが……


【現実的なデータ】
2009年のデータとちとるいふ〜なのですが、

うどんの生産量、香川県が5万9643トンで第1位。埼玉県は2万4720トンの第2位。

うどん店の店舗数は、埼玉県は1905軒で第2位。香川県は657軒で15位(NTTタウンページ調べ)。しかし、人口10万人あたりの店舗数では、香川県がダントツの1位で65.97軒。埼玉県は26.48軒。

さらに、総務省の家計調査による「うどん・そば消費量ランキング」(1世帯あたり年間消費金額)では、第1位は香川県の1万2570円。埼玉県は6715円の第8位と、かなり差が。

うどん用小麦粉使用量、香川県民は一人あたり約60キログラム!!、埼玉県民は3.6キログラム。

つまり、香川県民は埼玉県民の14倍も食べている。


加須や熊谷など、うどんが有名な市もあるし、うどん屋さんも美味しいうどんを提供してる店が多いことでしょう。そしてうどんを好きで愛するが故、日本一のうどん県にと盛り上がりたくなるのもわかる。いただきが険しければ険しい程、征服を目指す心はより燃えるだろうし。


でも、やっぱり無理があると思います。(すみません、非難とか喧嘩とかそんなんじゃないです)


夕べの構成員の中には、かつて東邦に通っていた女性も。彼女の口から、思わず出た名言。埼玉時代に思いを馳せ、

「いや〜、うどんを感じたことないなあ〜」


僕は、うどんとは食べたり語ったり書いたりするものだと思っていた。しかし、感じるものでもあったのです。

それが証拠に、喫茶店にまでしっぽくうどんがあり、新聞が一番重要に扱うのがうどんの話題であり、日本人も外人もうどんの観光にやってくる。

ここでは、うどんを感じずにはいられない。つるつるがビンビンやってくるのてある。

それがうどん県だと思う。誇りではない。避けようのない事実なのです。



高松一高レッスン。ブロカート。

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2016年02月12日

マイ・ミュージック


今朝、高校生のレッスンをしながら、改めて思った。


音楽とは学ぶものではない。教わるものでもない。

音楽とは、欲しがり、求め、探し、鍛練し、放つものだ。


だから、学ぼうとしてはならない。教わろうとしてはならない。

理屈ではなく欲しがる気持ちが抑えられず、何を置いても求めるべきで、本能が探して、鍛練惜しまず(できれば楽しんで)、やたらと放ちたがる。

正解不正解という観念でもない。極めて個人的なもの、私の音楽

『マイ・ミュージック』

であるべきだ。


ある時期 “真似ぶ” という窃盗行為があるのはいいし、名手たちももれなく辿るが、最終的には足を洗わなくてはならない。

本職にしていた石川五衛門だって、ルパン三世だって、その盗み方はオリジナルだっただろうし。


高松一高、レッスン。

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2016年02月11日

右に昇るライン


世の中時短になってますが、待たなくなる、待てなくなっているのは、携帯やインターネットのせいだけではないと思います。

様々現場では即戦力を求めるし、早い段階から質の高いものを示すこと、少しでも早く完成することを、お互い要求しあっている。準備万端、予習ばっちりが○であり、そうでないものには厳しく接したりする。

そのこと自体の否定ではないと読んで欲しいのですが、実はそんな欲求や価値観とはまた別の素晴らしいものがあると思うのですが……

時短や早期完成品に対する要望は、

右肩上がりのラインそのや

時間をかけて成長するがゆえの底力や

未熟が育つことと相対することにより学ぶ、人間の素晴らしさの真実、それを見つめることができる目なんかを、失っていく可能性があると思います。


完成していることが素晴らしいのではなく、完成していった過程、ある程度未熟な所からスタートするが故の変化こそが大切、そんな価値もある気がしてなりません。


NTTレッスン。レッスン。

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2016年02月10日

マイ・ドリーム・サンド


いやあ、お笑い芸人に憧れていたあの頃、どんなに大変な道かはわかってなかったですね。ただ、自分が面白くない自覚はありましたから、ただの一過性の夢だったんですが。


え?芸人は誰が好き?


博多華丸大吉は好きですね。華丸の児玉清や川平慈英の真似も、何度見ても期待値高いのですが、ちょいちょい出る(王さんの真似の時も)ギョロっと眼を見開いた時の顔が、なんともいい。放り込んでくるタイミングにも、天性のセンスを感じます。ネタの雰囲気もなんともいいですね。当人たちにはそんなイメージないけど、土建屋や酔っぱらいがよく登場するのが、なんだか可笑しい。


パンクブーブーも好きですね。あまりに斬新なやり口が。想定外の想定外みたいな。実はYouTubeに、パンクブーブーと華丸のコラボ漫才があるんですが、もう五回くらい見ています。


でも、好きな上に一番笑ってしまうのは、あの人たちなんですよねぇ。ファンは多いと思うんですが、皆さんの賛同が一致する男かどうか。


あ、サンドイッチマンです。


なぜか、理屈はわかりませんが、とにかく腹がよじれるくらい笑います。どのネタも好きです。全てのネタにも挿入される、富澤の

「はは、ちょっと何言ってるのかわからない」

というのは、何を言ってる時でもウケてしまいます。

コワモテキャラが、ワケわかんないコワモテの人に翻弄されること自体が可笑しいのか。伊達の返しのスピードと、やられっぱなしなんだけど突っ込み続けるのもトランスしてくる。


大体、近頃見なくなった本物のサンドイッチマンは、彼らと全くリンクしない寡黙な宣伝屋。


ああ、なれるならサンドイッチマンになりたい……あ、喋る方の。

え?どっちになりたい??

と、富澤です……



川越へ。試験を聞く。

posted by take at 22:31| 活動報告