2016年02月24日

男女恋愛法


夕べ飲みながら、

「かつて付き合っていた彼氏がなにかと天然で、いくつかの言動で冷めて、結局別れてしまった」

なんて話を聞いた。

誕生日、食事中にサプライズで店員がケーキを持ってくるというよくあるパターンの際の、彼の言動が恥ずかしすぎたと。詳しくは書かないが、聞く限りでは、確かにカッコつけすぎからの赤面レベルで

やっちゃったな

てな感じ。後にこうやって語られてもしまうわけで、若気の至りも適度な客観視能力をもなたいと、遠隔ダメージを受けることになる。

ただ同時に、僕が若い頃なんざぁなんて話にもなった。あの頃少なくとも僕はノウハウやパターン、知識やテクニックで女性に向かっていっていたわけではない。思うがままに突き進んでいたし、女性にも少なからずそういう印象をもっていた。

今は、あーするべきこーした方が良いみたいな空気は強い。女性はこういうのを喜ぶ。シチュエーション、言葉、プレゼント、記念日、こういうのは嫌われるのABCみたいな。

そればかり考え過ぎて、自然な欲求のまま突き進むことが難しくなっている気運すら感じる。


で、どうせノウハウだよりでいきたいなら、いっそ大学の講義として開講してみたらどうかという話で盛り上がった。うん、くだらない。


『男女恋愛法』という講義。


月曜日の一限にもかかわらず、誰も遅刻せず、大講義室は満杯である。休む者もおらず、皆四年間履修し二単位しかもらえないのに、熱心極まりない。

問題は誰が講師をつとめるかという話題に。名誉教授として、とあるプレイヤーの名前が挙がった。恋愛経験豊富なだけでなく、日常的にその手の話が大好きな方だそう。というか、その話しかないそうで。僕はプレイヤーとしての顔しか知らなかったので、「そーなんだー」だったが、皆は満場一致だったので、問題なく依頼が決まる。

准教授は「吉川さんがやればいい」という話になったが、あまりに荷が重く辞退させていただいた。

そもそも、僕だと

「気持ちと情熱の問題だ!」

しか言わないので、きっと授業として成立しない。学生も

「先生の言う通りにして、凄いフラれ方したんですけど」

と逆恨みされそう。

やはり音大も女子が多いので、女性の先生がいいだろうとなり、とある名前が挙がったが、その方はまあクリーンなイメージはないので、大学も雇いにくいだろうと。結果、一流プレイヤーであり、仕事と家庭、子育てまで素晴らしくやりきっており、かつ人望もあつい方への依頼が決まった。


話は、試験とかの内容にまで至ったが、それをここに書くのは控えたいと思う。

いずれにせよ、大学で学ぶ知識が活きるかどうかは、常に本人次第である。

間違ってないよね??


川越へ。ブラスアンサンブル練習。

posted by take at 19:08| 活動報告

2016年02月23日

そんなのアリ?


アリさんたちは、地球上の生き物を代表する働き者である。キリギリスが怠け者キングかどうかは不明だが(本家ナマケモノいるのにね)、汚名を一身に背負ってもう長い。人間が勝手に設定した話なのだが、幼少の頃から絵付きでそう言われたので、人類のイメージはかなり確固としたものになっている。


こんな話を聞きました。

実はアリさんの世界、全員が働き者というわけではなく、2割の勤勉アリ、6割の普通アリ、そして2割の働かないアリがいるのだそうです。

これは閾値(いきち)という、ある刺激に対して行動を起こすのに必要な刺激量の限界値に、個体差があるのが原因だそうで。

人間でも分かりやすいのですが、すぐ掃除をするのがいるし、ある程度汚れたら動くのもいるし、ゴミ屋敷状態でもへっちゃらな強者もいる。そのズレの共存こそが、アリさんの社会を成立させているという仮説だというのです。

で、そんなコミュニティから、働かないのを全員取り除いてしばらく様子を見ると……

するとなぜか、働いているのアリさんの中から、働かなくなるのが出てくるんだそうです。よく働くアリさんだけの集団を何回作ってみても、時間がたつと、自然に2:6:2の比率で仕事を分担するようになる。

実は働き者のアリさんも疲れたりへばることがあるのだそうで、そうなったら、何もしなかったのが代わりに働き始めるというびっくりな話。補欠要員みたい。

更に過労死もあるんだそうです。よく働くのは早死にしてしまうようで、みんながみんな頑張って過労死してしまったらその組織はそこで崩壊する。つまり組織存続のために、あえてサボるやつが必ず出てくるように遺伝子が設定されているということだそうです。


私たちはすぐ人間社会に置き換えますが、でも実は同じようなイメージを持つことで、コミュニティがうまくいくポイントが理解できます。

僕がかつて聞いたのは、1割の賢者、8割の凡人、1割の悪人で社会は構成されているというもの。

まあ、比率も表現も少々違いますが、どんなコミュニティにもあてはまる気がします。全員で何かの準備をしていても、率先して働く2割、誘導されてやる6割、そしてやろうとしない2割がいる。

問題は、やろうとしない、能力的にできない人も含め、立ち位置の設定、どう見つめ付き合っていくか。高い能力、効率、生産性のみを求め、そうではないものを責め、排除しようとすればするほど、きっと歪みが生まれていく気がします。

一流企業になればなるほど、身体的、精神的障害者の雇用は必須だそうです。出社しなかったり、日常的に問題が起こることも多々あるようですが、生産性とは別の価値観で、組織には必要な部署なようです。


全ての人が同じではない。同じ能力、同じ価値観、同じ状態。

ひとつだけ言えるのは、尊厳と幸せに生きる権利は、全ての人に対して同じだということ。


アリさんの世界から考えさせられることは、実は大切なことのような気がします。


川越へ。ジパング。

posted by take at 09:18| 活動報告

2016年02月22日

音大とは


「音楽は学ぶものじゃない」

と言った以上、学生たちにも 「ここに学びにきたということとは……」とか言えない。

そもそも、“学生” という呼び方が学んでいるので

『楽生』

にしようか。「音楽は音を楽しむもの」という言い方は有名。楽しく生きるという意味で楽生。あ、楽しい生徒じゃないす。楽して生きるでもありません。


いや、既存の言葉だが

『楽聖』

の方がいいか。意味は、きわめてすぐれた音楽家を称えたもの。「楽聖ベートーベン」という呼び名に代表される。

音大の門をくぐったなら、皆お互いをこう呼び、研鑽を積み、本物の楽聖を目指す。ここに来たこと自体が、既に楽聖の第一歩。長き人生を楽聖として生きるスタート地点だよ、というエールも込めて。


“大学”自体が、大人(?)の学舎となっているので、これも大楽とし

『音楽大楽』

としよう。音を楽しむことを大いに楽しむです。「音で楽して、大いに楽して」じゃないす。(大原麗子さんの、「すこし愛して なが〜く愛して@サントリーウィスキー」が懐かしい)


“練習”も習っちゃってるので、

『練秀』

にしよう。鍛練に秀でるのだ。


“試験”の意味は、「被験者または試料の能力や性質を測定するために行う行為のこと」とある。心を込めて真剣に取り組むものとして

『心剣(しけん)』

にして。


“おさらい会”というのは、日本の音大でのきわめてメジャーで独特な造語。“さらう”に“お”をつけて、まるでさらったことを称えるような不思議な言葉である。誰が作ったんやろか。

これも、音で更にいい世界を表現する会として、

『音更良会(おさらいかい)』


【音楽大楽の楽聖が、練秀を積み、音更良会や心剣に取り組む】


ですね。


川越へ。
恋愛は、練習の合間にで練合。練習を愛するのは良いが、そればかりで練合に無関心は寂しいし、更に連絡が曖昧で連曖は、ほどほど避けたい。いろんな女性を連続で愛するのは、おっと!!……

posted by take at 10:22| 活動報告

2016年02月21日

アンサンブルの価値


アンサンブルをする意味を考えたい。


もちろんシンプルに、やってみたいから、楽しいからというのはあると思う。しかし音大なら、更なるスキルアップに繋がる意味合いが必要だと思う。

まず、自己満足的なベクトルにならないよう、質の高いパフォーマンスへの意識が不可欠。それも、当然どこまで出来れば良いというボーダーはないが、プロらしい安定感、「頑張ったね」と励まされるのではなく、「とても感じるものがあった」、できれば「感動した」と客席から思われるよう、音も意識も自分から剥がれ、遠くへと向かわなくてはならない。

この「自分から剥がれる音、意識」については、いずれまた書いてみたいが、アンサンブルをまとめるという、演奏家同士にのみ意識が向くことを更に超えていくのは、何気に難しい。

ソロではなくアンサンブルだから、まずは演奏家同士の調和と協調は当然目指す。しかしそのことが、控え目なエネルギーを生んだり、ステージの内側にのみベクトルが向かい、場合によっては、客席から真逆の方向へどんどん引き込もっていく可能性もある。

地味な息になり地味な音色になり、地味な舌になり地味な立ち上がりになり、何より表現力の乏しい地味な演奏になる、調和はしてはいるが、みたいな。

それでは意味合いとしては、かなり弱いのだということを知っていたい。


じゃあどうすればよいかというと、とにかく


“やる気と信頼”


である。“モチベーションと挑戦”と言ってもいい。

オーケストラをやっていてもそうだが、ピアノの場面ほどテンション高く立ち向かう必要がある。どんな音量の音でも、やる気に溢れた息を使わないと、実は演奏家が思っている以上に聞き手はしらけてしまう。

信頼するというのは、余裕のある心からしか生まれない。自分のことでいっぱいいっぱい、周りのメンバーや客席からプレッシャーのみを感じているうちは無理。ベクトルとしても引き込もっているわけで。

演奏をするという生き方に、たとえ無確信であっても自信をもち喜びを感じ、そして仲間と聞き手を信頼する。

自分も、音楽のひとつの必要なパーツを担っているのだから、問題回避的に引っ込むのではなく、

「我こそが、全体の発展に対し貢献する」

とばかり沸き上がるものが抑えようもなく沸き上がり、影響を与えようとあおるように発信する。これが周りに対する信頼であり、そういうアンサンブルの中での自我の在り方を体現しても聞き手は喜んで迎えてくれるだろうと思うことが、聴衆に対して信頼するということだ。

そうして初めて、ベクトルは内側から外の空間へ向く。つまり仲間に向き、聞き手へと向くことになる。


アンサンブルを数経験することで、人間としての協調性も育つが、自分の音や音楽性も育つだろう。そういうアンサンブルができるべきである。

ハイブリッドというのは、各々の良い部分が融合し、新しく素晴らしい力が生まれることだが、アンサンブルでもそうなるよう、力を存分に発揮し、それが自分のスキルとしてプラス身に付くような流れも必要。周りの人の良い部分が、自分にも宿ってくるみたいな。

更に、自分の駄目なところか減っていくまでのやり口が実現できたら、それこそアンサンブルをやる意味としては、極めて理想的であろう。


ここ数日で試し始めた新しいパターンがある。大変に興味深い結果が出つつあり、その流れが今日のブログへと繋がりました。


N響、福岡公演。

posted by take at 16:38| 活動報告

2016年02月20日

関西への心構え

浪速友あれ、大阪に向かってま。N響大阪公演ですねん。夜は梅田で愛すべき関西ズと飲みます。

くだらん妄想がとまらん。


讃岐でよく使う言葉

「なんがでっきょんやー」

意味 あらら、一体何が行われてるのかな?
使用例 「おらおら、ピッチャーストライク入らんぞー、なんがでっきょんやー」

日本のインド料理店でよく使われている言葉

「ナンがでっきょんやー」

意味 ナンが出来ているのです
使用例 「イマ、コノタンドリーノナカデ、ナンガデッキョンヤー」



讃岐でよく使う言葉

「それ、いかんぶんやのー。そっちはえーぶんや」

意味 それ駄目なもの。そっちはいいものだね。
使用例 「そのうどんは昨日のやけん、もう食べたらいかんぶんやのー。そっちは打ち立てやけんえーぶんや」


翻訳家がよく使う言葉

「それは遺憾文やのー。それは英文や」

意味 それは翻訳したくない文だ。そっちは英文だ。
使用例 「それは言葉が反社会的だから遺憾文やのー。そっちは英文や」



讃岐でよく使う言葉

「ぼちぼち墓地やのー」

意味 そろそろ墓地ですね
使用例 ぼちぼち墓地やのー


皮膚科がよく使う言葉

「ボチボチボチやのー」

意味 できもん三つ



讃岐でよく使う言葉

「もうかまんの」

意味 もういいよね、うどん噛むのは三回まで


牧場で子供が

「モーかまんの?」

意味 牛噛まないよね?関西では儲かりまんの?



讃岐でよく使う言葉

「どっちゃこっちゃならんが」

意味 どうにもこうにもならないよね


トロンボーン吹きが四ポジションで

「ドっちゃ、こっちじゃ鳴らんが」



讃岐でよく使う言葉

「ほやけんのー」

意味 だからさー


三陸の居酒屋

「ホヤ焼けんのー。やっぱり生じゃわ」



讃岐でよく使う言葉

「ごじゃはげじゃわ」

意味 むちゃくちゃです


定時退社

「5時やはけじゃわ」

若くしてハゲたんじゃわ。

「50やハゲじゃわ」



よし、これで大丈夫!!


N響、大阪公演。

posted by take at 23:53| 活動報告