2016年01月21日

馴染む沖縄


沖縄には今年度七回目。毎回三日間。三月に最期の八回目があるが、考えてみると一年のうち合計24日間いることになる。それなりにいますね。

学生たちとは、来る度に少しずつ自然体で付き合えるようになっている実感はありましたが、今回は今までにないくらい、グッと距離が近くなった印象があります。

なぜそう感じるかというと、今までは僕の方が、彼らから話を引き出そうとあれこれ話題を振ったりしていたのですが、今回はみんなからよく喋ってくるようになったから。

初期からよく話す男子はいたのですが、今回は彼だけでなく他の男子、そして唯一の女子も話しかけてくる。更に夕べ一緒に飲んだ卒業生プレイヤーたちとも、ひとつ垣根が取れたように楽な会話ができるようになりました。


今朝半身浴をしながら細かい要因を考えたのですが、まずお互いの緊張がとれてきたのは確かだと思います。なぜ緊張していたのかというと、やはりそれぞれにまだ人間をよく知らなかったし、更にパーソナルと素直に付き合うよりも、お互いの立場や肩書きを意識しての会話だったのかもしれません。

それがとれていき、随分普通に会話できるようになってきました。学生たちからがそうなので、こちらも尚更自然体で表現します。


きっと、信頼関係という瓶の中身が一杯になりあふれでたのでしょう。一回一杯になったからもう大丈夫。後は、お説教や喧嘩もあるかもしれないし、彼らが僕に対してムカついたり不満を持つこともあるかもしれないが、人として向き合い素直にぶつかれることようになったのは確かだと思います。


やはり、どのような正論や気遣いより、まず必要と感じる【信頼関係】というものは、時間をかけないと絶対に創ることはできないと思いました。

一回だけ合って好印象をもったとしてもあくまで一方的で一部分の印象であり、お互いの希望や利害が同量になる関係、つまり信頼関係という目に見えないエネルギーが生まれるためには、それなりの時間を積み重ね、良きも悪きもある程度披露し合わなければならない。


ただ最近は、インターネットによる時短快楽文化の浸透により、待つこと、待ちわびること、待ち焦がれることといった、我慢と喜びのハイブリッドメンタリティが失われつつあるため、若い世代を中心に、

“待たずに判断したがる”

風潮を感じます。

SNS上でもありがちで、時間がかかることを恐れるあまり、素早く通りいっぺんの反応をしたり、求めたりして、そこに安心感を見つけようとしたり。


しかし真に欲しがるべき関係とは、信頼関係こそがあってスタートするものであるはずで、それは時間をかけ言葉や気持ちを尽くし、嫌なところも見た上で初めて手に入るものだと思います。


私たちは改めて、待つこと、素早く判断しない判断、おおらかに見ること、そして相手に素直に接してもらうべく、まず自分から正直に相手にわかるように表現する努力をしなければならないのでしょう。

引きこもり黙ってしまわず、勇気と笑顔をもって、人にぶつかっていく、そんな生き方をしたい。


なんか最近理屈っぽいですね。すみません。沖縄は、より楽しくなってきました。


沖縄県芸レッスン。

posted by take at 21:34| 活動報告