2016年01月02日

上京物語


今年の帰省は一泊のみ。元旦に富士宮へ。で、今もう帰りの途。

昨日も今日も見事な晴天。しかも寒くない。驚くほど見事な正月晴れ。

昨日品川を出て直ぐに、新幹線車内からくっきりと富士山が見えました。しかもかなり近くに。30分も歩けば着いちゃうんじゃないかって見え方。雲ひとつなく、そのまま新富士の駅までの一時間、見えれば山肌までバッチリ

「♪見えすぎちゃってぇこまらなあ〜い♪」

みたいな。古っ!

で、帰りの今日も、新富士から三島までの車窓、見事過ぎる富士山パノラマ。これが日本の底ぢからぢゃい!!ジンガイ観光客よ、しかとまぶたに焼きつけぃ!!!

こうなると新幹線も左の窓側に座るのが正解ですね。今回は残念ながら右側でした。ふと、左の窓越しに富士山を眺める人たちを見つめながら、僕は三十年ちょっと前にタイムスリップしていました。



受験から大学時代の帰省まで、飛行機を利用したことはありませんでした。いつも連絡船と新幹線ひかり号。大体七時間のコース。高松からの上京時は、夕暮れ時に富士山を眺めることが多かった。

当時は、乗り物に乗るだけで緊張していた。東京の鉄道や町の大きさ、様々位置関係もほとんどわかっておらず、常に海外旅行並に気が張っていた。

しかし、大好きなトロンボーンを勉強するためにレッスンを受けにいく、大学という居場所にて自分を変えていくために東京へ行くというピンポイントの理由があるだけで、とにかくワクワクしながら上京していた。 下宿とはいえ、東京で暮らすことができることは、僕を簡単に興奮させた。なんだか、ステイタスアップしている気もし、無意味に胸を張りたい気分だった。

もちろん未来への不安、ほとんどわからない東京での暮らし方の不安とセットだったので、今思えば可哀想になるくらいキョドるテイストで緊張していたが、それでも都会生活のウキウキ感が勝っており

“俺、今いい感じで、人生の上向き階段昇ってる”

なんて気分になっていた。


富士山が見える辺りに来たら、何をしていても止めてしっかりと眺めた。寝ていても起きたし、近くで眠くなると、富士山まではと我慢したりしていた。

”あの富士山”をきちんと自分の目でみながら大都会へと向かう自分に、ちょっと酔っている。そして新横浜から当時はまだ無かった品川駅辺りを過ぎ、ビル群へと入っていく新幹線の中、夢見る冒険者のような気分は頂点に達し、何かしらのテーマ曲が頭の中になっていた若造は、期待の剣を手にし、不安の鎧をまとい、東京駅の雑踏になだれ込んでいったものだった。

あの頃はたいそう未熟だったが、その時その時を精一杯生き、無駄な自信があり、よく失敗し、褒められ、怒られていた。嬉しくなったり落ち込んだりいろいろだったが、上京することに迷いは無かった。

あの頃も、僕の傍らには常にトロンボーン。それさえあれば僕が大都会東京へ向かう理由、権利がはっきりとあったのです。


三が日。

posted by take at 16:35| 活動報告