2015年12月18日

今日育


今年一年で、随分考え方が変わりました。

今現在たどり着いている、教育環境に対する理想。自分でボケず戒められるように、端的にまとめたい。(端的苦手〜)



必要な環境。


学生が

“既存の表現じゃない、自分だからこその素晴らしさを実現したい”

という欲求のために、技術に対する理解を深めるための学びはありながらも、意識するのはそれではなく、あくまで表現意欲が勝り、なぜだか他のことを置いておいても、没頭、熱中、集中し続けて取り組んでしまう。そんな環境。



必要な教員の資質、能力。


技術や知識、意欲、ステイタスこそが重要なのではなく、本来人間がその世界のスペシャルな表現者、体現者になるために必要なプロセス、それが辿れるためにあるべき状況を学生に対して正確に要求でき、学べる環境を整えることができる。魅力的な表現を支える“技術”というものが、本当はどうやって生まれてきたのかに対する、正確な理解ができている。学生と共に一緒に研究しながらも、教えることによって表現者になれなくなる、個性が後退するようなことなら教えず、高い技術が自動的に宿ってくるような表現を要求できる。


………が、がんばります。



学生に必要なこと。


教わろうと思わない。表現意欲がわくような特定した分野、アイテムに対してのめり込むことに迷わない、そんな自分の選択、取り組みに対して集中することができる。得意なことに対して敏感になり、苦手なことに執着しない。周りと同じようになろうなんて思わず、自分だけ特別でありたいと思う勇気をもつ。環境はさにあらずで、いろんなことができる横並び的な人格、能力を要求してくるが、流されず、興味のあることに没頭する。協調性の中からこそ高いスキル、個性が学べることを知り、反骨とのバランスをもつ。先のことに深刻にならず、今を一生懸命生きることに、とにかく集中する。


作曲コンクールの審査のための準備。川越へ、今年最後のおさらい会。

posted by take at 14:51| 活動報告