2015年12月09日

その日暮らしのすすめ


「今を生きる」

という言葉がある。僕は永らく、この言葉の真意がわかるようなわからないようなだった。まあわかってなかったんです。「来年のことを言うと鬼が笑う」 とか。

実際僕の生活では、来年のことを考えて様々準備することは多い。コンサートのプロデュースをしたり実現したりという道程は、基本半年以上、もっとかかるのが普通で、だから来年のことはよく話す。鬼も大爆笑だ。

若い学生たちには 「君たちは未来に希望も不安もあるだろうが、そんな凄く先のことは考えず、ただ、少しだけ先のことは考えて。今が良ければいいは駄目だから」 なんて言っていた。

しかし、それでは大事なことが根本的にわかってなかったのだと気づきはじめたのです。


「夢をもてなんて投げ掛けはナンセンス」 「数十年前は、生活の安定なんてままならなかったから、それと向き合って頑張らざるをえなかっただけで、今みたいになんでも満たされている時代とは違うわけで……」

最近そんな意見を、いくつか見る機会がありました。更に、悩むことに対してよりダメージを受けがちで、迷宮に入ったり、気持ちの病にかかる若者たちの心を考えていくにつれ、改めて 「今を生きる」 という言葉の真意を正確に理解しなければならない、更にその価値観をもとにコミュニティを形成し生きていくということの重要性を強く感じています。


実際自分の人生を振り返ってみた時、

“音楽と演奏を辞めずに継続できているということは、ある程度うまくいってきたということ。若き頃から常に未来への夢と希望をもって、ぶれずにやってきた”

なんてイメージが浮かびやすい。しかし正確には、その都度その都度目の前にあることを一生懸命やってきただけで、実際人生の夢なんていう強い希望に相応しい未来へのプロセスを、知的に計画的に考えながら進んできたのかというと、そんなんじゃない。実は、自然となるようになってきた現実を、後付け的に 「夢が叶った」 なんて言っているのだと、ようやく気がつきました。


実は20代から30代前半の頃、雑誌等のインタビューの 「いつから演奏家になろうと思ったんですか?いつ頃からオーケストラに入ろうと思ったんですか?」 という質問に対して、

「はっきりと憶えていません」

と応えていました。これは正直な言葉。しかしある日のこと。高松で、中学生の時の知り合いに会った時

「吉川君、良かったね。夢が叶って」

と言われ、キョトンとしていると

「だって、オーケストラ入りたいって言ってたじゃない」

と言われ、そーだったんだとびっくりしたことがあったのです。それ以降、質問に対して 「中学生の頃から、夢見てました」 なんて言ってたりした。

しかしよくよく考えると、本当に唯一無二の強い将来への夢だったかどうかは怪しい。だって本当にそうだとしたら、そんな頃のことを忘れてるなんてあり得ないと思うのです。

僕にとっては、毎日トロンボーンを吹くことが何より楽しいことで、上手くなりたかっただけ。先のことは、周りからプレッシャーがかかればしょうがなく準備を始め、コンクールだってオーディションだって、周りが受けてるから受けたみたいなノリもある。そのいくつかがたまたまうまくいき、なるようになる的に今まで来たのが現実です。つまり自分で先のことを真剣に考え、それを早くから計画的に準備し、周りが納得するような優等生的プロセスを辿ってきたわけではない。

ただ、その都度勉強はじめ他のことはほったらかしにしてまで、トロンボーンだけを一生懸命やってきたことだけは確かだ。それは自分の本能がそうしたかったのだし、結果の出ない他のことより、なんとなく得意に感じ、先へ先へと進みたくなる、ある意味なかなか言うこと聞いてくれないこの楽器を征服することに、毎日躍起になってきただけの人生です。


それでもあの頃も、家庭や学校、社会からのプレッシャーは十分にあった。現代と違うのは、あの頃の方が選択肢が限られていたこと、インターネットも携帯もないので、未来へのプロセスを考えろと言われても、ぼや〜っとボケていた部分が多く、わからないことはわからないので

「ま、いっか。後にしよう」

なんてことも多かったことです。それが許されるムードが社会全体にあった。

それと比べると、現代は全てがクリアー、かつスピーディーなので、若者の未来へのスタンスもこれらが求められてしまう。

しかし、ちゃらんぽらんなところがある人ほど深く考えず行動を起こせるわけで、真面目な人ほど深刻に考え込んで先に動けなかったりする。(茂木健一郎さんの言う、すぐやる脳とぐずぐず脳) そしてちゃらんぽらんな人はちゃらんぽらんなのだから、実はそんなにスピードとクリアーな情報を要求されても、多少は時間がかかる。というか、そんなに全てをテキパキはやらない。


つまり、いずれにせよ時間がかかるのです。


だからこそ、先のことにあまり深刻にならず、今目の前にあることを一生懸命やればよい。それが、今を生きるということなのだと思います。

一生懸命やってたら、何かしら結果が出る。良い結果が出て嬉しくなり先へいけそうなら、またその時やるべきことを一生懸命やればいい。良い結果じゃないなら方向転換するか、もう一度チャレンジすればよい。そうしているうちに、道が開けてきて、その道を歩いていけばいいだけ。

そんな人生を、しばらくたって振り返り、夢が叶ったなんて言ったりしてるだけ。叶わなかった夢予備軍的希望もたくさんあったのでしょう。


それでも、全ての人が金持ちになったり、見るからに成功者になれるように世の中は設定されていない。だから、失敗したり方向転換もたくさんあって、そんな人たちで構成されているのが社会ですよね。

だから、若者から自分まで、先のことにあまり深刻にならずに、今目の前にあることを一生懸命やればいい。結果も出たり出なかったり。でも、そのうちなんとかなるだろうし、なるようにしかならないのだから。


N響定期、練習。川越へ。

posted by take at 21:41| 活動報告