2015年11月20日

耳のありどころ


自分の音をよく聞く、聞き続けることはとても大事なことだが、実は音の何を聞くのかで結果は変わってくる。

というのは、私たちは音楽を演奏する上で、実は音をいくつかの項目に別けて考えており、そのどれを優先して聞くかで、演奏そのものは変わると思うのです。

音色を聞くのか、音程を聞くのか、音質や音量を意識しているのか。

そして音を演奏している間の時間、どのくらい聞いているかもとても大きい。

全部聞いてる、ずっと聞いてる、と言う人が多いかもしれないが、きっとどれかを優先していると思います。


これこそが、演奏者側として究めなければならないことのひとつで、

“聞くのとやるのが大違い”

の壁の代表選手項目だったりする。そんな気がします。


N響定期。

posted by take at 19:25| 活動報告

2015年11月19日

イベントな日々


僕はここ数年、朝シャワーの後半身浴をするようになりました。実はこのお湯につかるというのは、僕の中ではイベントとなっています。

特にこの寒くなる時期、頭を洗い髪を洗い顔を洗ってる時間、お湯につかるのを楽しみに、湯船を目指してしているのです。網戸の窓を開け、温かい下半身に比して上半身がひんやりすることで、血と快感が身体を巡るのがわかります。

若い時からやっときゃよかったと思いますが、同時にこの年になってハマれたこともなんだか喜んでいたりします。


こういうイベントって、一日の中にあればあるほどいいですね。それを楽しみに時間過ごすみたいな。

僕の場合、朝起きてからはこの湯船、出てからのドライヤーやりながらの綿棒、朝食の最後のブルーベリー入りヨーグルトはそうですね。

トロンボーンを吹いている間はいろいろあります。ウォームアップルーティンをやりながら、ぼぐれたらあれやこれや好き放題吹いてやろーとか。 まあ、毎日が必ずハッピーとは限らないのですが、余程不調じゃない限り吹き放題を目指しますね。

夜、家に帰る時は、家人の夕飯とビールを楽しみに目指します。外で飲む時は、店ののれんを目指す感じですね。

そして一日の最後。今なら羽毛布団のベッドに入る瞬間ですか。

おっと!忘れるところだった。このブログのアップを目指してます。ネタが浮かばす宿題的に感じる時もありますが、書き始めたら一直線に目指してます。アップした瞬間、

“今日も出来た。止めずにすんだ”

とほわ〜っとした達成感に包まれるのです。


ひとつでも、快感が多くなると、人生の一日一日はなかなかに楽しいものですよね。


N響定期、練習。川越へ。
よっしゃ! アップ!!

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2015年11月18日

美美美っ!フェドセーエフ


マエストロ、フェドセーエフとの共演、この春のシェヘラザードのプログラムは降り番だったので、今回は1プログラムだけですが、定期をとても楽しみにしていました。

ここにも書きましたが、前回の20年越しの共演、ショスタコの一番とイーゴリ公の美しさが、鮮烈過ぎる記憶として脳裏から離れないのです。

相変わらずマエストロは、その年齢イメージを吹き飛ばす、あまりに元気な立ち居振舞い。声は高く若々しく、喋るは歌うは、踊るは笑うは。

『1812年』からスタートしたリハーサル、『ガイーヌ』、そしてグラズノフの『四季より秋』と続く。

音が出た瞬間、ビビビっと感じまくり。やはり優美であり、ファンタジックな世界観はパノラマの如く広がる。

彼のイメージ通りでなければ、うまくいっていても何度も何度もやり直します。しかしそのしつこさが嫌な印象にならない。なぜなら、要求通り出来上がった音楽が、はっきりとした絵画的ともいえる立体的イメージを放っており、他の指揮者からはなかなか出てこない、まことに幸せな空間が広がるから。

しつこいようですが、その美術的ともいえる世界観は徹底されていて、特に天上ともいえる美観と、民族的な踊りの投影は見事。あまたいる指揮者と比べて打楽器に対する要求が多いのも、そんな色彩的映像観がはっきりしているからだと思います。場合によっては、打楽器のアンサンブルだけしばらく演奏させて注文をつけてたりする。何気にそんなマエストロいない。

お茶目な一面も健在。そして指揮姿のなんと幸せそうなことか。

マエストロのキャリアは、民族オーケストラというジプシー楽団から始まっているようで、そんな自由かつインスピレーションの強力な環境も、現在の音楽作りに大きな影響があるのだと思います。


明後日、明明後日、NHKボールです。皆さんいかがですか。チケットはかなり売れているよう。定期会員のみならず、多くの人たちが待ち望んでいるのでしょう。

もちろん練習初日、登場時私たちN響楽員のウェルカム拍手は、コンサート終了時のように自然に沸き上がる熱狂でしたよ。


N響定期、練習。川越へ。

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2015年11月17日

東スポ (東邦スポーツ)


『なんこや道路拡張の理由明らかに!!!』

八月末、惜しまれながら一時休業、建て直しに入ったなんこや屈指の名店「やき亭」の新店舗は順調に工事が進んでいるようで、本誌記者のY川によると

「いやあ、なんかイメージよりも早く出来てきてるんですよ。よく工事の様子を見るんですが、大工さんたちのやる気が凄いんですよね。まあ、やはりママの魅力だと思いますね。なんこや中のおっさんは、全員ママにメロメロで、みんな個人的に自分が一番気に入られてると思っているわけです。まあ、本当にママが好きなのは私なんですがね。これは関係者の目撃談ですが、閉店の数日前、カウンターで飲んでたおっさんが隣の人指差して“この人大工で、ここ建てるんや。11月には完成させると思うで” “それはいくらなんでも無理やわー” という会話を、ママがニコニコしながら見てたと。私工事が始まってからママと話したんですが、大工さん他の仕事の間に無理やり工事請けてくれたらしく、しかも大分リキ入れて建てよると。やっぱりママの力は凄いわ。ま、でもママが好きなのは私なんですがね」

のやき亭が建て直さなければならない理由は、なんこや駅前から垂直に伸びている道路の拡張だが、この度、

「なんで、なんこやの駅前ひろーにせねかんねん。全く栄えてる感無いのに、理由がわからん」

という疑問に応えるべく、その理由がようやく明らかになったのだが、なんと、駅舎は20階建ての駅ビルへと変貌しなんこやアトレとして生まれ変わるとの発表があり、更に私鉄3社の乗り入れに伴い、駅構内には大宮より規模の大きいなんこやエキュートがオープンし、店舗のプログラミングと統括代表にはやき亭のママが抜擢され、新しいなんこやの顔として広報活動が始まるとのことだが、いずれ県庁が駅舎に併設され、新幹線の乗り入れと共に埼玉の新しい中心として、アジアの各国もこの再開発に注目しているとの話に、女装家のマツコデラックスさんも

「まあ、なんこやが中心になると千葉も敵わないわね」

とのコメントを発表したのだが、ちなみに、オープニングセレモニーの演奏は、東邦音楽大学のトロンボーンアンサンブルが担当するとの発表が同時にありました。


文責 東邦太郎


N響定期、練習。川越へ。 本当に身内しかわからんこと書いてすみません。なんだか、壊れ気味ですわ。

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2015年11月16日

私はトロンボーンを吹いているのではない


その楽器らしくあることは大事。個性ですから。“いかにも” というらしさを強調し売りにする。ありだと思います。

同時に、普遍的な音楽というものにスタイル含め奉仕しきるため、らしさ故のマイナスイメージの方を完全に払拭すべく

「私はトロンボーンを演奏しているのではない、金管楽器を演奏しているのではないのだ。私は音楽を演奏しているのだ」

と宣言し、ストイックに突き進むもありでしょう。楽器の技術の発展、進化は、こんな心持ちから生まれる。

僕自身は両方の気持ちがあり、中途半端っちゃあそうなのだが、長い間こんな価値観たちと向き合いながら、少しずつ見えてきたことがあります。


トロンボーン以外の大多数の、本当に大多数の人からすると、らしさを強調しようが封印しようが、その楽器として認めて聞きます。

「トロンボーンじゃないみたい(凄いという意味)」

と言うのは、大体トロンボーン吹き。例えばこのタイプの先頭をいくバボラクのホルンを聞いて 「ホルンじゃないみたい」 と言うのは、ホルン吹きであり金管吹き。百歩譲って管楽器奏者、千歩譲って全ての演奏家たち。大多数のリスナーはその外におり、バボちゃんのコンサートを聞き

「ホルンっていい音ね」

と言っている。当のバボちゃんは、ホルンと言われるより音楽と言われたいようなのですが、その音楽を称える人もあとをたたないわけで、ある意味らしさと音楽という双璧において最も成功している演奏家と言える。


らしさを封印したスタンスからは、美しさが極まり、スムーズに聞ける、あまたある楽器とのアンサンブルに馴染みまくるという特徴を感じる。

永き取り組みの中で、発音のキャラクター、音程の精度、音のフォルムなど、

“トロンボーンだからこんな感じ、金管楽器ってこんな感じ、管楽器って…”

から完全に脱してみる時期があっても良いのではないだろうか。

そうすることによって、逆にトロンボーンらしさ、金管らしさ、何より自分らしさとは何かが見えてくる気がするのです。


川越へ。

posted by take at 09:38| 活動報告