2015年10月24日

母と子


今DVDで見ているドラマ。テーマは

「子供は、何があっても、絶対に実の母親の愛情に包まれ共に暮らさなくてはならない」

というもの。


登場人物は

・生まれて間がなく母親にすてられた娘

・愛人の子として生まれ、父親の存在は知ってはいるが知らないことになっている、父親に対し自分からは直接名乗れない上、死んだと伝えたことを信じているだろうと思っている母親に溺愛され育った息子

・思春期に母親が死に、その後父親の再婚で、新しい母親と暮らす娘

・母親が再婚だと知らず、一緒に暮らす姉は当然両親共同じだと信じており、更に、実の母親にはすてた娘、つまり実の姉がいることを知らずに暮らす娘

・成人し、若くしてできちゃった婚するが、子供の顔を見ぬまま事故死してしまう息子

・両親の離婚で、ほとんど母親の記憶なく父親に育てられる息子

・両親と共に普通に暮らす娘や息子

たちが登場。

当然それぞれの母親もでてくる。つまり、

・再婚する際、娘をすててしまいずっと悔やみ続けている、新しい家庭には、仲良い親子になりたいのだがなかなかうまくはいかない旦那の連れ子の娘と、再婚した相手との間にできた、事情をまるで知らず普通の家族だと信じている娘と暮らす母親。病気がち

・妻子いる男性との間にできた息子を産み育て、溺愛する母親

・離婚の際、親権、養育権を失い、実の息子と暮らせない母親

・男三人兄弟の末っ子を、結婚式の数日後に事故で失い、その嫁と生まれた孫と一緒に暮らしながら、やがて深い情を抱くようになる母親

・息子と息子の嫁、孫と普通に暮らす母親

・娘と普通に暮らす母親

たちが登場。様々に絡み合い、ドラマが進んでいきます。


「父親なら育てなくてもよいのか、一緒に暮らさなくてもよいのか」

と言うと、それはまあよいはずはないのですが、ここでは母親との関係が主題になっている。

それぞれの事情、希望、愛情、憎悪までが複雑に深く絡み合う。当然それぞれが自分の都合、感情を通そうとし、トラブルへと展開する。

しかし徐々に、様々な人々の葛藤、ぶつかり合い、不寛容を乗り越え、我慢と諦めを伴う正しい判断が、ストーリーを支配していく。やがて、母親と子供が繋がることの唯一無二の正当性が浮かび上がるが如く、人々は忍耐と寛容を表していく。


このドラマから

『子供の前での大人は、絶対貫き通してはいけない事情というものがある』

ということを教えられます。幼子の方から放棄することはありえない。命に繋がることが本能でわかるから。全ては母親だけでなく、周りの全ての大人に求められている絶対的な判断なのでしょう。


母親の資質を理由に例外を語る場合があるとしたら、更にその母親との関係にまで辿り着かなくてはならない。過去途切れていたことが理由での良くない関係だから切れた方がいいでは、実は永遠に繋がらない。

命は連鎖だからこそ途切れてはならない関係、何気に難しい場面も多い社会なのでしょうが、それでも全ての命に対して無条件に必要な判断なのでしょう。

豊かな人間表現に溢れたこのドラマが、そう教えてくれました。


川越へ。N響定期、本番。Nーcrafts、練習。

posted by take at 15:48| 活動報告