2015年10月07日

人による


今朝、『世界ヒゲコンテスト』 が開催されたというニュースをやっていた。

なんだか凄い世界です。何十センチにも伸びたヒゲをあれやこれやデザインし、何時間もかけてセットし、女性たちの審判を仰ぐ。僕にはほとんどの人が、口周りにタコをつけているようにしか見えなかった。タコ足のようにまとめたヒゲの束が、四方八方に真っ直ぐクルクル放射状にひろがっているのだ。長い時間かけ蓄え、長い時間かけセットした彼らは大真面目なのだろうが、審査員の女性たちはどう思ってジャッジしてるのだろう?

“まあ素敵” それとも……



チャンネルを変えると、イギリスのメディアが行ったアンケート 『世界一セクシーなヒゲは?』 というのをやっていた。今日9月20日はヒゲの日なのか??

ランキングには、ジョージクルーニーやベッカムが。そして一位はやはりイギリスならでは。ヘンリー王子が。

で、口々に「かっこいい」なんて言ってるスタジオの女性たちに、司会者が、

「男性のヒゲ、好きですか??」

と定番の質問をしたところ、やはり定番の答えが。

女性ズ 「人によります」

まあテレビの前は全員 「そらそーだろー」 とつぶやいたでしょう。ただどうでしょうか、ヒゲを生やしてもみっともないだけの僕からすると、

「本当にヒゲが生えている“方が”好きかい?」

と聞きたくなる。本当は生えてないのがいいけど、生えてるのもいい、力の象徴として生やしたがるヒゲに対し、リップサービスもあるんじゃあないか(ザ・ヒガミ)。


今日書きたいのはそんなこっちゃない。例の 「人による」 だ。

このセリフが活躍するフィールド、その代表選手はセクハラ界でしょう。セクハラと認定されるかどうか、その査定における最有力材料は男性の言動、その瞬間的内容ではない。その人に対する女性の不快度、それは男性の日常のあらゆる表現、アプローチが作る関係性に、既に全て盛り込まれている。セクハラ判定が始まるのは、そんな十分な前置きあってのこと。

不潔で下品で攻撃的、非常識で無配慮、無良識、無良心、無愛な男性なら(ハゲ・デブ・チビではない!)、ほんのちょいとしたことでもセクハラ認定だし、結婚しただけで事務所の株価が下がり、本人の株はその圧倒的実力だけを披露した福山雅治なら、下ネタもおさわりも大歓迎となる。

福山雅治ならひょっとこみたいな表情をしてもカッコいいとなるし、ひょっとこみたいな顔の人がすましてみてもカッコいいとはならない。納得いったりいかなかったりだが、でも人による。


そう、人による。


しかしセクハラに限らないですね。人との付き合い、自分の言動の全ては、相手との関係性により変わるものです。

「相手によって態度変えちゃいけないんじゃないですか?!」

その通り。でも100パーそうではない。子供に話すのと目上の人に話すのが違うように、私たちはいろんな相手に対して言動のマイナーチェンジは日常頻繁におこなってます。ただそれが第三者から見て、いかにも利己的な腹の中が見えているものだと、非難の対象になる。

相手によって態度を変えるのには理由がある。人によって、同じことをしても評価が違うのにも理由がある。


ひげやファッション等見た目に関しては、似合っていることと(自己評価ならぬタコ評価)、市民権を得るまで貫く一本気でしょうね。

人間性は……さっきの逆ですか。不潔で下品で攻撃的、非常識で無配慮、無良識、無良心、無愛の逆。

勿論、ハゲ・デブ・チビではない。飲み会で女性から出たこれらの言葉。そこにいたほとんどが、恋愛対象としてそれは気にしない、査定の材料じゃない

「人による」

と言ったのですから。


N響練習。川越へ。

posted by take at 15:08| 活動報告