2015年09月10日

島根が乱ラン


東邦の卒業生で、島根県出身の女性が二人いる。彼女らが主催する

『島根会』

先日その三回目があった。

虎ノ門のクラフトビアの店。大学上京時の彼らのカントリーテイストを思い出すと、洗練された店のチョイスに、隔世の感があふれでる。僕は無条件しっぽふりふり。しかも、島根のブラウマイスターが作ったヴァイツェンがいきなり目に入り、異常に上がったテンションからのスタートとなった。

構成員は以下の通り。

浜田市出身M
出雲市出身T
高松市出身たけ

漁師町、島根らしい島根(島根出身の楽器屋店員T命名) のMが、八百万の神が集まる出雲大社を擁する観光都市出身Tの先輩。学生時は、後輩の方が都会育ちということで、二人よりも偉い先生としては

たけ「本当はどちらの町が素晴らしく、どちらが偉いんだ?」

といじるのを、毎度楽しんでいた。

今回の島根会でも、お決まりよろしくそんなネタふりをしたら

二人 「せんせえ〜、まだそんなこと言ってるんですかあ。もお、そんなことどおでもいいからあ〜」

洗練された洋服に身をつつみ立派なシティレデーになった二人に、軽くいなされてしまった。


たけ 「実際さあ、島根って大きくわけると、いくつになるの?」

二人 「三つですね。左上が浜田、で右上が出雲」

たけ 「もうひとつは?」

二人 「下ですね」

たけ 「下?なんじゃそりゃ」

二人 「下ったら下ですよ。あの辺り何てゆうんだろう、山の方」

たけ 「南の方ってことね。そこはどーなのよ」

二人 「あそこは……やま、やまですよ。てか、広島の文化入っちゃってるんですよね」

県境の辺りで文化が混ざるのは、日本全国ある話だが、それにしても二人して完全に上から目線である。


話は隣の県に最近できたスタバの話、砂場カフェの話。ビールの勢いもあり、なんとなく二人の鼻息も荒くなってくる。

「先生こないだ、米子辺りに行ってましたよね」

たけ 「そう、倉吉と米子に三日間いたよ。大山も登った。鳥取の方はちょいちょい行ってるけど、松江も含め、最近島根はあんまり……」

かつて二人を 「お、鳥取県人会」 と毎回いじっていたこともある。これに関しては、年々彼らの不機嫌度は高くなっており、かつては偉い先生のツッコミに甘んじていたが、もう大人なシティギャルは黙って受け入れない。そんなテイストで言葉と表情のあたりが強くなる。

鳥取はどーかと思いますみたいな。


なんとなく山口県の話が交ざる。

二人 「あ、山口ですか。あそこはもう。まあ、ね、頑張ってくださいというか」

ソフトな上からに少しびっくり。本州最南端という素晴らしい位置にいる県を、ばかにしきるつもりもなく軽く、まあそれはそれでってな感じ。

たけ 「じゃあ、その下の下にある広島は………」

二人 「あ!それはもう!! 広島は広島ですから!!!」

二人共、あっというまにひれ伏すコメント。

島根会、力関係わかりやすいぞ!!!!

この島根と隣接県の隣接権の雰囲気を、前出の浜田市出身の楽器屋店員に説明すると、うつむいたまま肩を震わせてしばらく笑いをこらえていた。


どうらや、真実らしい。


N響、練習。夜、ジパング。

posted by take at 23:51| 活動報告

2015年09月09日

チャイコフスキーが教えてくれること


「無人島に何か一曲持っていくなら、迷わずチャイコフスキーの5番だ」

そんな人もいたりする、当代きっての人気作品。この日曜日にブロカートの本番があり、オーケストラはこの曲にトライします。葛飾シンフォニーヒルズ、14時開演です。

コンサートのプログラム、その曲目解説を家人が書いたのですが、チャイコフスキーの関連書物をいくつか読みながらの執筆で、その過程で僕がしらなかったようなこともいくつか教えてくれました。



「私はいつも喋りたいことがあるので、それを音楽という言語の中で喋っているのです」


これは、チャイコフスキーが手紙の中で書いていること。常に喋りたいことがあったようです。

幼少の頃、音楽に対して異常なほどの興味を示したそうで、ピアノを弾くと過剰に興奮してしまうため、家庭教師が 「音楽は彼にとって害悪なもの」 と言ったほど。しかし、両親は音楽に熱中する息子のためにピアノ教師を雇い、オペラやバレエにも連れて行ったことが、彼にとって作曲こそが何よりも重要なことになっていったことに、大きく影響しているのでしょう。

「チャイコフスキーの音楽は感情的すぎて規律がない」という批判があります。それを誰より自覚していたのは彼自身だった。兄弟の中で人一倍 “陶磁器のように繊細で感じやすい子供” だった彼は、生涯を通じて神経症の発作や鬱状態にも悩まされていた。


いつも喋りたいことがあるのに人一倍ナイーブで、音楽には異常なまでの興味。


そんな人にとって、音楽こそが言葉になるのは自然な流れですね。想像力や発想はいくらでもあり、それが旋律になり感傷的な和声になりとめどもなく涌き出てくる。しかしそれらを作品にふさわしい形式にまとめることが難しく、随分苦しんだようなのです。彼にとっては、いくつものフレーズを削り、まとまったひとつの音楽で表現しきれるようにすることが困難なほど、

溢れる感情 = 音

だったのでしょう。


私たちは楽器での表現となりますが、日頃チャイコフスキーと同じくらい、感情を音に込められているだろうか。まず感情が溢れ出ないと話にならないし、しかもそれを、苦心して音に

“まとめあげる”

ほどの取り組み。本当にそんな風に向き合っているだろうか。


少なくともチャイコフスキーを演奏する時は、乱れる如く感傷的に、ではなく、彼の情緒に響いた私たちの心が音に溢れる、そんな演奏を探す努力は必要なのでしょう。


N響、練習。夜、ジパング。

posted by take at 21:04| 活動報告

2015年09月08日

動く自分


私たちは二つの素晴らしい価値のどちらかに片寄っている。凄くか、まあまあか、少しか。


明るい ⇔ よりはしっとり

広げる ⇔ まとめる

柔らかい ⇔ 張りこそを

できる限り太く ⇔ 太すぎないように

きちんと ⇔ 自由に

クールに ⇔ 熱く




より良い自分に変わりたい時、どうしても今までのスタンスや道具を否定して光を探したがる。実は今までの自分は、それはそれで悪くないはず。こだわってきたからこそ評価されてきた部分がある。成熟という素晴らしさがあれば、若さ故の未成熟こそが放つ魅力もある。

現実的には、今までの自分のこだわりやスタイル、魅力に、少しだけ新しいことを足すことになるのでしょう。だから、今までの一家言を否定してしまう必要はない。少しだけ反対側の魅力に近づこうとし、その道筋が見えたなら喜ばしいこと。

ただ、自分の中にある個性的な価値観以外でも、目の当たりにすると強烈な憧れが生まれることがあり、そんな瞬間がいつも私たちを惑わせる。

もし自分が、どちらも完璧に欲しがる、極めて真ん中にいながら両方に突き抜けたいという欲望が拭いきれない欲張りだとしたら、自分のこだわりを否定してみることも大切だろう。

一気に反対側に振れ、その世界観の中に入り、周りの評価も仰いでみる。


「何かを選ぶということは何かを捨てること」という真理に抵抗することはできないのだから、その瞬間は捨てる自分を認めてみる。違うと思うなら、戻るのは自由だ。


反対側のこだわりが“上手く”理解できると、今までの自分、今の自分を壊さずに新しい自分に変われるかもしれない。


ただこれは、10年に一度あるかないかのタイミングだと思うくらい特別なことだし、場合によっては一生ないかもしれないのですが。


川越へ。

posted by take at 23:14| 活動報告

2015年09月07日

キング・オブ・へぇ〜


テレビで、ランキング、

『結婚して気づいた、旦那のこんなところ』

みたいなのをやっていた。


第五位 “意外に酒癖が悪い”
結婚前は一緒に飲んでても楽しいお酒だったと。今はどーなのか。理屈っぽいのか暴れるのか。へべれけるのか暗ーくなるのか。はたまたべたべたしだすのか。


第四位 “意外に怒りっぽい”
結婚前はとにかく優しく、全く怒らなかったと。あ〜あ。


第三位 “意外な趣味がある”
ビンのフタを集める。ゲーム命。庭付きに越したらヘビーなガーデナーだった。


第二位 “意外にだらしない”
結婚前はきちんとした人だと思っていた。それはそれは。


第一位 “意外に細かい”
結婚したら、徐々に細々困々。掃除の仕方、料理の味、音程、リズム、おっと……


ららぽーと辺りでインタビューを受けている奥様方は、随分赤裸々だ。まあそういう素材が選ばれているのでしょうが、実際旦那さんは見てなくても、必ず

「奥さん出てたよ」

と耳に入るだろうし、旦那さんの実家、親とかとの関係は今後大丈夫だろうかと余計な心配をしてしまう。まあ旦那ーズの方も、よく酔っぱらって新橋のSL前で好き放題言ってたりしますが。(あれ放映された後の家庭内は、本当に大丈夫なんだろーか)

深く考えない時ほど勇気はでるものだ。僕はどーなんだろーかと、家人に聞いてみた。(そっか、あのららぽーと妻もSL旦那も深く考えてないんだ)

この5つはどれもあてはまらないらしい。というか、結婚した後で「話が違う」的に思ったことはないんだそう。でも若い頃と今とでは、どー考えてもあれこれ違うので、時間をかけて徐々に受け入れざるを得ないことになっていったのでしょう。

これらはないが、「実は意外とこーだよね」 と今回家人から言われたことがあるのですが、それは恥ずかしいので書かないことにします。

ただ、自分で 「ふーん、俺ってこーなんだ」 と長い間かけて自覚したのは、

“意外と、教育に入れあげる”

そして、

“このブログ”

この活動情報は僕自身、へぇ〜中のへぇ〜


『キング・オブ・へぇ〜』


である。そんな話をしていたら、家人がぼそっと

「だって、やめるの嫌だもんね」

と、これまたそーなんだー的なことを教えてもらう。 いろんなこと、やめるのが好きな人なんてのはいないだろうが、やめるとスッキリすることはあるし、嫌がるほどではない人もたくさんいる。でも、あなたはやめるのは嫌だよね、と。


知らんかったです。


そー言われればそーなのかもしれない。だから、結果やめることになるものは直ぐにやめてしまう。そらもーさっぱりしたもんです。しばらくは頑張って……みない。未練なくやめる。


まあ、性分含め、ホント自分のことはわかりません。いろいろ自覚したいなら、長く近くにいる人に聞くのが一番ですかね。


オーディションを聞く。

posted by take at 18:34| 活動報告

2015年09月06日

今日のホウギャ〜フム

2015090512450000.jpg


今日のホウ

これチロルチョコなんですが、なに味かわかります?ただ、パンダをマスコットにしただけのものかと思いきや

ごま団子味

黒ごまと白ごまでできたパンダなんです。

そのセンスに、ちょいと感動。



今日のギャ〜

あるホールへコンサートを聞きにいきました。休憩時間にトイレへ。個室に入り座った瞬間、お尻が喋った。

随分温かいなあ

で、しばらく座っていたのですが、そのうち座ってられないくらい熱くなり、切り上げて立ち上がってしまいました。そこまで熱くする?! 焼かれそうになりました。



今日のフム

髪も髭も白く、黒っぽいフチの大きめのレンズのメガネをかけたおじさんは、もれなく宮崎駿監督に見える。よく見ると結構違うが、でもそう見える。

そのメガネのフチを細くすると、カーネル・サンダース爺になる。

以上


ブロカート。

posted by take at 16:41| 活動報告