2015年09月20日

いい霜月


みなさん、毎月22日がショートケーキの日だって知ってます?カレンダーでは、22日の上は必ず15日。上にイチゴが乗ってるからだって。シャレオツー。

そんな話をNTTの人たちてしてたら、

「じゃあ、23日はマグロ寿司の日にすればいい。上にトロ(16日)が乗ってるから」

という意見が。

僕は毎年、11月16日を『いいトロンボーンの日』にしようと広報しているが、一向に広まる様子がない。

実は11月は、22日が『いい夫婦の日』だったり、知られていないところで、いろいろ“いいシリーズ”で設定されているのでしょう。

ということで、僕なりに、マニアックに決めてみました。


11月『霜月』

1日 いいイノッチの日(瀬戸朝香が祝っている)
2日 二日酔いの日
3日 いいポン酢の日
4日 四日市の日
5日 いい先送りの日
6日 いいつまった音の日
7日 いい疑問の日
8日 いい電話受け応えの日
9日 いいどこの場所のか聞く日
10日 いいスカイツリーの日
11日 凄くいい日
12日 いいカデンツァの日
13日 いい住職(讃岐弁で“おじゅっさん”)の日
14日 いい大切かどうか疑問な日
15日 いい月曜日(自由後)の日
16日 いいトロンボーンの日
17日 いい夫婦別姓の日
18日 拒むのにいい日
19日 いい三輪郁の日
20日 いい煮汁の日
21日 不意にいい日
22日 いい忍者はっとりくんの日
23日 いい見繕う日
24日 いい関西、四国、九州方面旅行日
25日 いいどぶろく(濁酒)の日
26日 いいヘビの日
27日 いい本名と芸名を持つ人の日
28日 いいニヤケの日
29日 いい服がもう入らないくらいいい肉を食う日
30日 いい讃える言葉を言う日

31日 いい「まぼろしぃ〜」の日(ありえない日)


面倒くさくて、すみません。


ホルンアンサンブル練習。NTTレッスン。

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2015年09月19日

川越話


今年の春、川越の西口駅前に新しいホールがオープンしました。ウェスタ川越という施設のホール。大ホールは1700人収用。開館からまだ半年くらいですが、


“既に評判がいい!!”


ホールの響きがかなり良いようなのです。

最初は日本フィルのメンバーから聞きました。

「凄く良かった」

その後、大学関係者や学生。まだ演奏はしてないけど評判を聞いたという演奏仲間の声も。

まあ僕は川越市民ではないし、演奏する機会も今のところ予定はないが、それでも嬉しいものです。何より学生たちが、これからコンサートをすることがあるでしょう。誇らしく演奏し、アコースティックのせいに出来ないプレッシャーのもと、良い響きを知っていくことができる。

まずは単純に、良い響きの空間がひとつでも多く出来るのは、本当に喜ばしい。

「トリフォニーに似てる」

なんて感想も聞いた。ほお。


実は埼玉県は、何度かプロオーケストラ発足の話が上がったことがある。しかし結果実現しなかった。主要都市のホールのアコースティックが、都心のいくつかの空間のように、音楽ファン、関係者の間で評判になるくらい素晴らしかったら実現したのかもしれない、なんて思ってたことがある。

常設のプロオーケストラを設立、運営するのは大変だが、でも先日ジパングでレコーディングした、みずほ台のコピス三芳というホール、足の弁はあまり良くなかったが空間は素晴らしく、そしてホールの名前を冠したプロカンマーオーケストラがあった。通年での活動ではなく単発の契約制だろうが(多分、違ったらすみません)、それでも良い空間の価値が歩くと、良識な感性、人たちを刺激しそうなる可能性もあるのだと思う。逆に、ビジョンや熱意があっても、空間が寂しいと結果大きな壁となり、価値ある幸せが生まれるチャンスは消えていく。


川越話、そんなこんなな新空間。何はともあれ嬉しい話題なのです。


レッスン。スキルアップレッスン。

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2015年09月18日

ブルーベリー


先日おっさん三人で、ローガンの話に花が咲いてしまった。ローガンといっても名優ローガン・フリーマンの話ではない。あの目優

『老眼』

の話である。

視力自体は悪くなく、立川乱視が進行しつつある僕には、いくら老眼鏡といっても、度の激しい彼らの眼鏡をかけてみたら世界がぼやけ過ぎて、酔いが進んでしまうだけ。

ただ、このガラケーで執筆しているブログの字も、年々大きな設定になっていっており、あと二年で、一文字が画面からはみ出る予定。そしたら、更に画面の大きなスマホからタブレット、パソコンから巨大インチのテレビへと移行するしかない意向である。


O「うちの親父が、ずっと目が良くて、全く老眼にならないんですよ」

彼がおっさんだから、父親は相当なおっさんのはずである。

たけ 「それ凄いね」

O「ずっと毎日ブルーベリー食べてるんですよね」

全員 「やっぱりそれかー」

O「毎日食べ続けないとだめみたいですけど」

ということで、うちでもブルーなベリーのエブリデーにすることにしました。目を良くするのは無理でも、老眼の進行を止めることはできるという話も聞いたから。ブルーベリーそのものが無くなったり、演奏旅行に出た時用に、サプリメントも入手。

そんな話をいろんな人とすると、結構いるんですね、毎日食べてる人。

ことの始まりは第二次世界大戦中のあるエピソード。あるイギリス空軍のパイロットが、ブルーベリージャムが大好物で、毎日、パンの厚さと同じくらいたっぷりつけて食べていた。そのパイロットが、夜間飛行、明け方の攻撃で「薄明かりの中でも物がはっきり見えた」と証言したのです。その話から、イタリア、フランスの学者が研究を開始。その結果、野生種のブルーベリーのアントシアニン色素が、人間の眼の働きをよくする効能があるこがわかったということなのです。

ただ、この逸話の真偽も効能の科学的証明もはっきりとはなされてないそうなのですが……


老眼は早い人だと30代から始まるそう。僕はここ二年くらい前から気になりはじめているが、その前から食べればよかったなあと。

楽譜が見えなくなったら老眼鏡を買おうと思っていたが、青いベリーの力を借りるという、魂胆見え見えで、世の中見え見えといきたい。


え?いつも♯や♭落としている、あれは老眼じゃないのかって?

あれはブルーベリーでも治らん、昔からの富士の病じゃ!!!


川越へ

posted by take at 10:03| 活動報告

2015年09月17日

卵が先か鶏が先か


『トンガの自然はたとえようもないほどで、まさに息を飲むような美しさ。神々が作った芸術品としか思えない。トンガの人々を見ていると、この美しい自然も、心美しいトンガの人々への神様の贈り物ではないかとさえ思えてくる』

なんて文章を読みました。なんか行ってみたくなりますね。元横綱武蔵丸関の母国です。あの人、いかにも優しそうでしたよね。

『トンガ人は一生の間に走ることがあるのだろうか?急いだり慌てたりすることがあるのだろうか?土砂降りの雨の中でさえ、男性も女性も楽しそうに歌などを歌いながら悠々と歩いており、濡れるのが嬉しくて仕方がないようにさえ見える。素敵なドレスがあんなに濡れてしまって…とこちらが心配気に視線を送って目が合うと、見知らぬ人でも、まるで数十年来の知己のように、こぼれるような笑顔で「こんにちは!」と手を振ってくれる。トンガでは、歩いて10分で行かれる距離でも、30分前に出発しないと遅刻をしかねない。トンガ人は、知っている人とも知らない人とも明るく挨拶を交わし、親しく話しかけてくるからだ。人間が時間に追われるなどという発想は、トンガの人々にはないように見える』

なんだか素敵ですね。

ただ、心美しいトンガ人に比べ、心くだらない僕は、以下の文章を読み妄想が始まるのです。

一体どんな罪で刑務所に?………

『トンガは国民のほとんどが敬虔なクリスチャンという宗教上の影響か、禁酒の国で悪質な犯罪もない。刑務所も、土曜日には受刑者を全員帰宅させるので、週末は空っぽになる。受刑者は日曜日には家族と揃って教会へ行って祈りを捧げ、そののち一族で伝統料理の夕餉を囲み、月曜日の朝、自主的に刑務所へ戻ってくるというわけだ』


トンガのある村にある刑務所。受刑者はただ一人。彼の罪は

“週末に働いた”

というもの。そもそも、人を愛しこそすれ疑う気持ちや恨むことがないトンガ人にとって、犯罪らしい犯罪は起こらない。

彼の仕事はこの刑務所のたった一人の看守。罪人である自分を帰宅させるため、牢屋を開けるという仕事を毎週末にしてしまうため、罪に問われ続けており、出所の目処が立たないと。


美しい話をくだらなくさせたら、新馬場イチぢゃあ!


ホルンアンサンブル、練習。

行ってみたいけど禁酒……

posted by take at 20:00| 活動報告

2015年09月16日

感じなくさせない



飽きない


これは人生を駆け巡る命題です。

日常の短いサイクルで飽きたり、何年ごし、何十年ごしで飽きたりと、人生にはつきものですから。

飽きるというのも、

“慣れて楽になる”

という、有難い効能を強く感じれれば、決して悪者にならなくて済む部分もあるし、

“飽きるがゆえに、更なる高い指標を目指し変わっていける”

なんて、エキサイティングな話にもなる。

しかし基本、飽きるからくる

“怠惰、退屈、無感動、無感謝、無関心”

は、私たちの人生にはびこる病原菌で、ある場面では伝染病でもある。


僕の日常で言えば……

しばらくは目指す大きな本番もなく、プレッシャーのかかる曲もなく、生徒たちの変化もなく、家でゴロゴロしてていい、なんてのは結構苦手です。結局あれやこれややってるし、いろいろやらせてもらってるけど、それでも “ノーエキサイティングスポット” みたいな時期は、自然ともんもんとしてくる。社会や人との関わりが薄く感じられ、自分の存在に不安がわくみたいなやつでしょうか。

トロンボーンクァルテットのコンサート、そのプログラムや内容、演奏が持つ印象にも 「飽きるんじゃなかろか」 という不安はいつもある。


音に関しては、とてもシビアな避けて通れない命題中の命題。

『金管は音が命』

を否定したら、金管吹きとして終わりだから。

美人は三日で飽きるわけで、美音もその可能性がある。というか可能性ではなく現実です。ブスは三日で慣れるから、音も美しくある必要はないという話はない。毎日の時間、何年も、何十年もかけて、聞き続けたら飽きられるであろう音を、それでも磨いていかなければならない。


明るく艶やかで開放的、輝かしく華やかな音

柔らかく艶やかでしっとり、安堵テイストをもった音

人はどうやら、この二つのベクトルのどちらかを目指すようだが、

“もしかしたら、明るく輝かしい音の方が、飽きにくいかもしれない”

と考えるようになってきました。しかし、ただ明るいだけじゃ駄目で、透明度と解放感、しっとり感も持ちながらなのですが、もうひとつ “絶対的な張り” という、ある意味の

『硬さ』

も必要かと。硬さと柔らかさなんて相反するものを両方要求することになるが、それこそが “飽きない” への道なのかもしれない。


本当に人生に横たわる、大変な感覚と向き合う。


飽きない、飽きさせない

そして、諦めない。


川越へ

posted by take at 14:34| 活動報告