2019年07月20日

個体を比べない


「マウスピースはスタンダードなものを使って変えないこと。何か問題があったなら、それはマウスピースではなくあなたの問題だから」

このアドバイスを守りオケマンをやりきった演奏家(楽器も変えない)の印象を感じながら、言葉の意味を考察する日々です。

実は、今の僕はこの価値観にどっぷり染まっている。そして


「個体を比べないこと。比べるなら、昨日の自分と今日の自分を比べること」


という言葉に辿り着いている。


マウスピースや楽器をあれこれ比べているうちは、実は迷宮の中にいるのだと思います。迷宮を出たところがスタート地点であり、中にいるうちは結論はでない。つまり比べてもしょうがないと考えています。

スタンダードというのは?という質問あり、それはまた明日書きたいが、とにかく個体を変えて得られる好意的印象は、それこそ自分が変わることでそれを獲るべきだと。

それくらい、日々のトレーニングの中で自分が頭に描く理想、目標を力強くし、そこへ向けてのアイデアを探しだし、個体を我がアプローチこそが凌駕していく。

それを個体の方に委ねているうちは、そこそこの成果、一般的レベルの成果は得られても、本当に素晴らしい特別な演奏には辿り着けない気がしています。


N響大阪公演

posted by take at 19:42| 活動報告

2019年07月19日

価値を呼ぶ自然


今まで誰もやったことないことが、自然と思い付くのは大変にエキサイティングだ。

「なんでみんなそうしかやらないんだろう? どう考えてもこうだと思うのに」みたいに。

それを試し、世の中から賛辞を持って受け入れられたならそりゃ最強だし、世の中を変えていく可能性もある。


しかし「今まで誰もやらなかったことをやらなければならない」と敢えて探しはじめるのなら、思い付くことの魅力はさほどのものにはならない。

そういう意味では、誰もやってないことをやろうとするのではなく、本当に良いものをやろうとした方が絶対良い。


世の中を形成しているのは、過去の偉大な才能が先導し集約してきた結果だ。それは現代人が思っているより強力な実力を内在している。

そして現代の一流には、そのエキスこそが充満しており、中には群を抜いて特別な魅力を放つものもある。


人間にとって本当に良いものは、そこの中にこそある。


深く研究し、学ぶ姿勢を忘れず。それらのやり口の中から自然と表される自分らしさが、所詮我が実力でもある。

もし一流先人たちにまでクオリティが達し、しかし本能が自然と新しい表現を生み出してきたなら、未来を豊かに変えていく担い手になれる可能性がでてくるだろう。


それが周りと違う個性と言われるなら、全くもって自然に呼び起こされた必然の産物なはずだ。


N響夏

posted by take at 09:26| 活動報告

2019年07月18日

しょうもないたけ・梅田編


梅田のドルチェ楽器大阪店にて、店員さんズに話しかける。


「深キョンがラムちゃんやってるじゃん」

「………」

「あれさ、若い人は知らないんじゃないかな?」

「………」

「うる星やつらってもうかなり前だし、急にオニっ娘のかっこで、だっちゃだっちゃって言われたってねぇ」

「………」

「あれ?まだ見てない?」

「何をですか?」

「コマーシャルよ。ほら深キョンがラムちゃん……」

店員同士見たか聞いているが、誰も見てないという。

「なんだ、誰も見てないのお?皆さん仕事熱心やねぇ。テレビも見ないで働いて」

「何のコマーシャルですか?」


……あっ!


東京ガスでした。m(__)m


N響練習、川越へ
ちなみに、若い人は皆カラオケで歌うのでうる星やつら知ってるそうです。

posted by take at 15:05| 活動報告

2019年07月17日

MC(マジC調)


さすが行き当たりバッタリ、口から出稼ぎの男である。

今回のエヌクラフトツアーでのMCミステイクはこちら。カッコ内はメンバー心の声及び客席の(・・?


「沖縄にもついにマクドナルドが出店したということで……」(それはセブンイレブンやろ!)

「最後にチーサムの曲を。え〜この人は…スペインの作曲家ですか…」(メキシコです)

「いやあ、暑いですね大阪。東京は10℃くらい低いということで私たちも冷めていたのですが、熱い演奏をしたいと思います」(なんじゃそりゃ?)

「今週の土曜日に、N響はフェスティバルホールに来ます」(シンフォニーホールです!)

「それでは最後に大阪すっきゃねんということで、歌で締め括りたいと思います」(こいつわけわからんわあー)



まあ過去の偉業の代表格は

「次にハウルの動く城をやります。これは芸能人が声をつとめたことも話題になりました。キムタク、それから倍賞千恵子さん……」(倍賞三津子!)

「あとカルーセル麻紀さん」(美輪明宏さん!!全然ちゃうがな!!何ゆうてんねん!!!)

このハウル系五回はやらかしてます。


そして完全アウトはコレ。客席賑わう富山は高岡市民会館大ホールにて

「高山の皆さん、こんにちは〜〜〜!!」


だみだこりゃ。


N響練習、川越へ

posted by take at 16:32| 活動報告

2019年07月16日

It's old


保険の営業関係のコマーシャルで、ひょろっとした新入社員に先輩社員が筋肉リュウリュウのふくらはぎを見せ「営業は足で稼ぐんだ!」と叱咤した瞬間

「It's old 営業」

とコピーが出るものがある。



先日沖縄でプレイヤーと話し合った「ドイツにおける発音の意識も時代と共に変わってきているのではないか」というのを考えながら、なぜときと共に変化するのだろうと考察している。


実はスライディングに関しても、最近変遷を感じる瞬間があった。

かつては、ポルタメントが入っても気にしないような、どちらかといえば「それこそがトロンボーンらしい」という教えをする時代があった。

その後録音機器の発展もあり、多くの演奏家、教育者が「スライドは、発音とタイミングを合わせ、リラックスした右腕を速く動かす」というのが主流に。僕もこれでやってきた。

すると、シカゴシンフォニーのジェイ・フリードマンのように「世界中でスライドを速く動かすことにばかり気をとられている。自分は、それとスライドならではの中間で」という人も出てきた。

息の流れが伴わなってないからという投げ掛けだが、実はこの「行き過ぎたら戻ろうとする感」は、とてもよくわかる。

全体としては「洗練」と「より魅力的に」の方向へ進んでいるわけで、決して後退はしていない。

ただ時間の流れと共に、良しとするものも深みを増していくもので、聞きたいものの流行りや楽器製造のクオリティも変わるので、いつまでも同じではなく、気づくと違ってしまっているというのが世の現実だ。

もちろん絶対変わらない部分もあるが、タンギングやスライディングといった根幹に近いようなものでも微妙に変化し、なんなら逆のことが良しとされるときもくる。


自分としては、変わらず貫く部分と、新しい時代のものをはなから否定するのではなく、きちんと研究し取り入れるものは取り入れ、年齢を重ねてこそ変われることが必要だなと。


「It's old 奏法」「It's old 教育」と言われないために。


N-crafts大阪公演

posted by take at 12:58| 活動報告