2021年10月20日

ド、ドボ8が‥‥


ドボルザークの8番の交響曲は、正直言って手垢がつきまくった作品。

凄い数の指揮者で凄い回数演奏してきたが、誰とやっても大体定番の演奏になる。

それはとても様になった素晴らしいスタイルであり、テンポや歌い方、部分部分の音色まで「ドボ8といえばこう」みたいな表現、世界観。


しかし今回は違う。ドボルザークの8番がこんなに美しい曲だったなんて‥‥


マエストロ・ブロムシュテットのアプローチは、本当に美しい。

彼は常にまっさらな気持ちで、曲から自分が感じる美を引き出そうと探しまくり、そして諦めずにアプローチし続けるのだろう。

こんなにも柔らかく滑らかな曲線美がこの交響曲に隠れていたなんて、本当に驚かされる。


そう考えると、大半の指揮者は怠慢だと感じてしまう。それほどの真摯なリハーサルが続いているのです。

posted by take at 17:59| 活動報告

2021年10月19日

お湯割りの香り


コロナ禍の焼酎は、鹿児島から紫尾の露を一升瓶で取り寄せている。

昨年の1月にジパングで鹿児島県宮之城に行けたのは、今となっては奇跡のタイミング。そのときいただいたこの芋焼酎の美味しさに魅せられ、ずっと飲んでいる。

そしていよいよお湯で割るのが良い気候になりました。


久しぶりに湯気の香りを嗅ぐと、一体何年お湯割り飲んできたんだ!と思いながらも強く感動。

お湯割りはとにかくこの香りの素晴らしさと味の素晴らしさのダブル幸福がやってくる。

赤ワインにもそれがあるが、寒さの辛さを優しく暖めてくれる心に染みる感じ含め、香りのありがたみ部門はお湯割りの方に軍配が上がるか。

あらためてその素晴らしさに、生きてて良かったとまで思ってしまいます。

posted by take at 18:56| 活動報告

2021年10月18日

本当に必要な分量


こんなこと書くと真面目に練習している人に怒られそうですが‥‥


僕は最近「本当に必要な練習以外は、しても意味が無い」と考えるようになりました。(楽しみのために吹いていることは別です)

「当たり前じゃん」と速攻言われそう。

ただ「今日やった練習は、自分の成長や変化のために本当に必要だったのか?」と自問自答してみたとき「そこまで吹かなくても」ということがあるのでは?と思うのです。

特にルーティンに代表される自分のプログラム。その効果を信じきり、とても勤勉に取り組む人ほどそうだが「それをやり切らないと気が済まない症候群」に陥ってしまっている。

実はその瞬間から、練習は「自己満足風惰性テイスト」に陥ってしまっていることを理解しなければならない。


「本当に必要な練習のパターンと量を知る」ことは、センスとしてもとても大事だと思う。

意外に感じるかもしれないが、場合によっては7ポジションまで全てやらなければならないとは限らないこともあると思うのだ。頭と身体、経験値に本当に必要な分だけとはどんなことなのか?

食べたいからを超えて、完全な過食症になっていないか?過多な栄養が害に繋がるほど身体に入っていないか?無意味の象徴のようになっていないか?

長く続けるために成長や変化が必要なら、このことは正確に理解したいと思う。

こんなこと言っている僕自身が、やはり症候群っぽいから。


最近、また練習パターンをシェイプしてみました。

結果、なんの問題もないのです。

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2021年10月17日

肘!


僕は、指揮をするのに最も大事なポジションは「手首」だと思ってきた。

手首に音楽的ビートを司る脳を搭載し、そこでこそクリアーで的確なタイミングさえ示せれば、オーケストラの演奏はうまくいくと。

それは長年見続けてきたマエストロ・ブロムシュテットとの記憶を反芻してもそう。マエストロは基本先振りのことが多いが、その手首の「クィッ!」でわかるから、タイミングもニュアンスもよくわかると。


しかし今回の共演で見えてきたのは、手首だけではなかった。

マエストロの振り方は変わっていない。僕の意識が、そこを見つめてなかったということ。


それは肘。


マエストロの肘はもの凄く音楽観を表現しているではないか。

自分の目の前を抱きしめるように大きな空間を作っていることが多く、肘こそがゆっくりと円舞することで、アダージョなどの時間がゆったりと巨大に流れる。


そっか、僕も現代的よろしく小さなスケールしか見えてなかったんだな。

手首はもちろん細やかなタイミングを最も的確に示すことができる。

しかし大きな大きな広がりは、やはりリラックスした肘や肩が巨大に舞うことにより生まれるのだろう。


緻密と壮大のふたつを共存させるためには、結局三箇所(6箇所ですが)の関節はもれなくその任を担っているのだと、巨大な人生を生きるマエストロからようやく見えたのでした。

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2021年10月16日

由紀さおり♪るぅぅぅるぅるるる〜〜


「ちゃづる」という言葉が話題になっていると。

「お茶をする」という意味かと思ったら「お茶漬けを食べる」の方らしい。江戸時代の流行語だったそうで、痴話話をするという意味の「痴話る」なんてのもあったそうです。

「ちゃづるって、タピると同じ用法じゃん!」と、どこかで盛り上がっているとのこと‥‥たしかに!


そういえば昔は使わなかったが,最近は「タクる」なんてのも自然に使う。「あ、俺こっからタクるから。じゃね、お疲れ様!」みたいな。


僕的に身近なやつを流行らせてみよう。

バズる(バズィングをする)

グリる(グリッサンドをする)

クレる(クレッシェンドをする)

デる(レを吹く)

ディスる(レ♯を吹く)

エる(ミを吹く)

アる(ラを吹く)

ハる(シを吹く)

ハゲる(シとソを吹く)

ニゲる(レとソを吹く)

ハデニハズレる(シとレとレとシが周りと合わない)

バックレる(バックでレを吹く)

シャメる(シャイアーズっぽく吹く)

ヤマハる(ヤマをはる)

カエる(替えポジションを使う)

スタバる(スタンドにバックを立てる)

プスる(音が出なかった)

ハモる(ハモを食べた)

めるる(メルカリを使った)

終わる(いいかげんやめる)

posted by take at 15:54| 活動報告