2018年11月20日

金属と身体


皆さんは、楽器というこの金属の塊の響きに対するポテンシャルについて、有限を感じてますか?無限を感じてますか?

自分の唇はじめとした振動が生み出す響きに有限を感じてますか?無限を感じてますか?

楽器と自分のハイブリッドでもっての響きですが、僕はこの組み合わせに、無限に拡がり続ける可能性を感じています。


残りの人生、ただ「いい音」という漠然としたイメージで進むのではなく、毎日毎日、昨日より一ミリでも響きの粒子を細かくし、より広く、より柔らかく、よりスムーズに進化しつづけたい。

きっと金属は驚くほどの響きしろを有しており、我が唇の細胞たちも、まだまだより俊敏に運動する余地をもっている。

かけ合わさると、僕の人生の時間では到達しきれないくらいの宇宙的な可能性があると信じています。


音楽をやる者として、この記録競技のアスリートが如くの伸び(高く速く遠くへみたいな)を目指すのは若者っぽいのだが、年齢を重ねて、表現の深みと同時に、よりこの気持ちで今日を迎えたくなっている。

一日一日は実は大切であり貴重であり、自分は変われると、金属と身体こそを信じ、僕は若者のように生きていくことを選んでいるようだ。


いや

変化と成長に夢中になる、そのためのプロセスに没頭することが、年齢関係なく欲しいのだ。


人間だもの。


川越へ

posted by take at 10:33| 活動報告

2018年11月19日

家人の料理


どこの店とは当然書かないが、久しぶりに美味しくないパスタを食べた。

いまどきはどこも普通に美味しいので、チェーンのカフェで出てくるものよりも格段に美味しくないと感じるのは、よほど珍しいのではないだろうか。

手作り感たっぷりの麺も冴えないが、ミートソースのソースがとるとこない感じで残念。僕は特別グルメでもないし、たいした舌ではないがそれでも。


普段の家人の料理が本当に美味しくて、テレビ等で「これはレストラン級の味だ」なんていってても、「ふーん、そっかぁ」てな感じで羨むことにもならないので、本当に幸せな家庭生活なのだと思う。


外で食べるものは、立ち食いそばからはじまりいろんなジャンルのものでお気に入りはある。これを食べるならここへ行こう。ここへ行くならこれにしようみたいな。

でもそのほとんどより、家人の料理の方が、待っている間楽しみなのです。


有難いです。


大塚へ

posted by take at 19:39| 活動報告

2018年11月18日

今をどう連ねるか


私たちがみっつの時間を方向で感じるなら、過去から現在、現在から未来へと言う人がほとんどだと思うが、チベット仏教では未来から現在、現在から過去へとその矢印が向いていると聞いたことがある。


自分の未来がどうなっているのかを予知できる人なんて一人もいない。

どうなってしまうのかは、絶対わからないのが未来。

夢が叶ったと言える現象も、「思い続けた」「それが現実になる程度の能力があった」「それに相応しい努力をした」という辺りの条件があったり無かったりするのだろうが、しかし全て結果論(結果を論じている)だけであり、未来の自分の状況が、たった今わかる人なんて一人もいない。運よく自分にやってきた成功を、自慢しているだけ。


ということは、未来の自分をわかろうとしたり、どうしてもそうなっていないと今がとても不安になったりするのは、全く意味がないこととなる。


ただ「未来を考えず、今を一生懸命生きろ!」と言われても、それだけじゃ幸せにはなれんだろという気分になる。



過去、現在、未来を見つめてみる。

過去というのは、懐かしんだり、そこから学ぶものだったりするが、今と今からに影響を与えるだけのポテンシャルは低いので、実はあまりピックアップして価値を感じなくてもいい。つまり、過去を振り返ってもあまり意味がない。

現在と未来は密接に関係性がある気はするが、現実的な話をすると全く不確かで、絶対的な確率は存在しない。今こうしているから未来は絶対こうなると信じても、次の瞬間事故で死んでしまうかもしれないのだし。


ただ、過去のために生きるのは無意味なら、いつのために生きるのかと言えば、実はたった今のためというよりは、未来のためという理由の方がいい。

それも、五年後、十年後のことは“ほんと〜〜〜〜に!”どうなっているのか絶対わかりようがないので、もう少し近々のプランで。

数ヶ月後の本番のために今練習をする、なんてのは長大なプランニングな方。今昼寝をしてしまうのは、起きた後体力が戻っており、元気に活動できるためなんてのでもいい。今眠いなら、渾身の力を込めて(?)精一杯寝るべきだ。


常に、ちょっとした未来、まあまあ先の未来に対して等、様々な未来に対していくつかプランをもっている。そして、そのことのために今これをしようとする、これをする、これをしてしまうという「目的とした意識」で生きるのが、現在の生き方として一番良いのではないだろうか。


話は変わってしまうようだが、10才には10才の、20才には20才の脳というのがあると思う。30才には30才の、40には40の、50には50の考え方、能力とでもいうか。

年相応の脳で生きているなら充分良いのだろうが、人生がうまくいく人を見ていると、20才のときに25才的な考え方で生きているように見える。

実はうまくいかない人は、20才のときに15才の脳で生きているように感じることがある。

30才が35才の脳か25才の脳なのか。こんなところにも、過去、現在、未来が見えてくる。


過去から学べない、未来のプランがまるでないくらい今の快楽に進もうとしたら、実は長い人生の「今」はだんだん辛いものになるだろう。


自分の未来が予知できる人なんて一人もいないのだが、ちょっとした目的と出会える意欲くらいは持てていたい。

その積み重ね、連なりで生きていければ、それで最良な人生になる気がします。


N響いわき公演

posted by take at 17:56| 活動報告

2018年11月17日

パスカルの乱の顛末


こんばんは、パスカル吉川です(引きずっている)


かつて「あだ名」というタイトルで書いた当ブログが盛り上がった過去がある。

楽聖が「ねぇ、たけの話聞いた?しょうもないよね」というメールを、宛先間違えて僕に送ってきたという、涙なしには読めない爆笑話。

こんなことでは怒らないどころか面白がってしまうおバカ先生と、当該生徒はとっくにこれを笑いながら語り合う現在だが、実際には当時の彼女の若気の至りからのすっとこどっこい話だったわけで、僕の方は余裕をぶっこいてこの話も語り継いできた。


しかし今回のパスカル事件ではっきりしたのは、


この先生は、ときにはしょーもないということだ。あくまでときには、ときにはにして(懇願)。


「でも吉川さん、絶対ブログに書いた方がいいですよ!!」

新田君も黒金君もチューバのエキストラも、笑いをこらえながらそう言ってくる。

「だって、底をついた威厳から更に下がるじゃん」

「いやいや、上がりますよ。新たな一面ですよ」


笑いをこらえられてないじゃないか。


で、結果がどーなっても酒の肴にして笑うばかりでしょ?

ええぃ、書いてやる!!


N響足利公演
で、酒の肴にしてもらいたい僕がいる。やはりOBはじめ楽聖たちが陰で言う通り僕はドMなんやろか?

posted by take at 18:40| 活動報告

2018年11月16日

老害先に断たず


「人間は考える葦である、だからね」

人間は一本の葦にすぎず自然のなかで最も弱いものである。だがそれは考える葦である。


先生は時々過去の教えから、若者を導こうと……

楽聖Aがダイヤモンドより硬く固まっているが、目は群から外れた魚のように泳いでいるぞ。

「(こりゃわかっとらんな)あのね、人間は考える葦でしょ?わかる??」

もう一人の楽聖Bに振ってみる。

「知ってます知ってます。あしって草かんむりのあの字ですよね」

「そーそー。で、誰?」

「え?」

楽聖Bもカチコチに固まったが、直ぐにGoogle先生に聞いている。

「パスカルです」

「そう、哲学者パスカルね」

次の瞬間楽聖Aが叫ぶ。

「知ってます!知ってます!!ヘクトパスカルのパスカルですよね」

僕は瞬間大爆笑噴火を抑えられなかった。

「ギャハハハハハ!!!あのねえ!ヘクトパスカルは台風の気圧の単位でしょーがっ」

「えっ?でもヘクトパスカルのパスカルじゃないんですか?」

「んなわけないでしょ!かつてはミリバールってったのよ。結構最近、ヘクトパスカルになったの!!パスカルはかなり昔の人よ。そもそもジャンル違うし!!!ギャハハハハハ」

僕は散々呆れ返って、楽聖を笑いながら攻め続けたのでした。



N響定期のためサントリーホールに着いてからも、今日のイチオシ、場外ホームラン級のこの爆笑話を披露せずにはいられない僕。楽聖の名誉のため当然名前は伏せるが、数人に話し「ヘクトパスカル」の瞬間で順次爆笑を生んでいく。

ふと見ると、黒金君がスマホ片手にたそがれている(ように見えた)ではないか。

「あのさ黒金、今日さ……」

で、例によってヘクトパスカルで笑いが起こったは起こったのだが。

少し間をおいて

「吉川さん、本当にあのパスカルみたいですよ。数学者でもあるパスカルから単位をとって、ヘクトをつけたみたい」


Σ( ̄□ ̄;)まっ、まじかっ!!!!!!


黒金君が調べたページには、確かにパスカルの名前が。

ま、まずい、これはまずいではないか。あんなに楽聖をバカにして笑って罵ってしまった。きっと彼女は、ヘクトパスカルを学校で習ったとき語源も学んだのだ。だからねんを押すように僕に訴えたのだ。

嗚呼、そんな楽聖を間違えている先生の方があそこまで攻めてしまった上に、楽しそうに口軽よろしく喋りまくってしまうなんて。

先生としての威厳は有限であり、最近あちこちでポロポロこぼしてしまったため、残りのポイントはかなり少なくなっていた。ここらへんで足しておこうと、アカデミックな知識で攻めたつもりが、逆に全てこぼしてしまい、これじゃマイナスではないか。


まずは楽聖に連絡をし「君が正しかった、笑って悪かった」と詫びるしかない。

しかしこんな日に限って、僕はレッスン室に携帯を忘れてきたのであった。


明日お菓子でももっていき、まずは彼女の名誉回復につとめなくてはならない。

僕の困惑からの狼狽は、周りの更なる爆笑を生んでいるが、ポイントを失った僕は、たしかに自分がおもろいのだがアワアワするばかり。

「吉川さん、これブログに書くべきですよ」

ま………まじか(小声)


翌日楽聖の名誉は回復され、彼女は天を仰ぐように胸を張り、鼻息荒く


「ですよね〜〜〜、だってヘクトパスカルはパスカルなんですもん!!!!」


川越へ

posted by take at 18:05| 活動報告