2017年02月24日

第三の最も重要な道具


楽器やマウスピースをとっかえひっかえする人の話になり、「吉川さんはどうなんですか?」と聞かれる。

若い頃はいろいろやったなあ。楽器屋から借りて試しては変え試しては変え。大事なマウスピースを削って一瞬でおしゃかにしたりもしました。

ここ10年くらいはやらなくなった。ただこういうのは、やる方がいいのだとは思わないし、やらない方がいいでしょとも思わない。いろいろ経験すれば勉強になり理解が深まるし、変えないでずっとやっている名手ならではの素晴らしさも感じたりする。


変えない人の常套句として聞きがちなのが

「楽器もマウスピースも、ただの道具(でしかない)でしょ?大事なのは自分の感覚。どんな道具使おうが、その人の音しかでないし」

よくわかるしその通りでしょう。よく変える人も、実は早くベストと巡りあって、後は練習で慣れて、自分の問題に転化したいと思いながら旅してたりする。そんな道具としてのベストとまだ巡りあえていない、みたいな。


少し違う見方を。

楽器もマウスピースも道具でしかない。ただ、マウスピースのリムの中で振動している息の出口、アパチュア含むアンブシュアですが、音が出る、音楽を表現するのに貢献している媒体というなら、この部分も「道具」と言えるのではないでしょうか。

で、楽器やマウスピースといった道具はクオリティが高いにこしたことはないのですが、現代はほぼほぼそうであって、良くないものはあまり無い。

ということは、このアパチュアとその周りという


『一番重要で一番影響のある道具』


こそに、意識を使いこだわるべきですね。明らかに楽器やマウスピースより大事なことだと思います。


そこは、良い道具となるべく正しい理解のもと、きちんとしたイメージと方向性をもったトレーニングが根気よくなされ、どんなマウスピースやどんな楽器と相対しても、クオリティ高い演奏ができるようなものであるべきでしょう。


楽器職人やリペアマンの素晴らしい研究と努力のおかげで楽器もマウスピースも文句なしに素晴らしいものだらけ。

後は、そこがいかに素晴らしいかです。それは、自分という道具を自分がどういうセンスでどう鍛えどう使うか。


「マウスピースはスタンダードなものを使って変えないこと。何か問題があるとしたら、そればあなたの問題」

これはあるシカゴのホルン教師の言葉。


一番の問題は、自分の問題を楽器やマウスピースに転化してしまうことかもしれない。それさえ回避できるなら、何をどれだけ使おうが全く問題はないのでしょう。


東邦音楽大学トロンボーンアンサンブル、本番

posted by take at 18:04| 活動報告

2017年02月23日

話の聞き方


人の話を聞くときのメンタルのタイプ。なんだか分類できる気がして、我流な考察ですが。


A:相手の話。意見を言うその人の価値より、とにかくそれについて自分がどう考えていて、そんな自分の方が正しいことの方が大事。話を聞きながら、同時に自分の意見を頭の中に派生させていく。器用な人はきちんと相手の意図を汲んだ上で話を被せる。「そうだよね。で、もっと言うとこうでこうだよね」みたいな。更に自分が大事な人は、相手の話をよく理解できぬまま被せるので、「いや、そういう事が言いたいんじゃないのに」と思わせてしまう。



B:自信のなさも相まって、相手の発言を聞いて「ほう、なるほど」と受け入れることに支配されてしまう。一見従順で優しいキャラクターになるが、そこで思考が止まってしまい、受け入れたものも時間と共に流れていってしまったりする。自分の意見と比べたり擦り合わせたりが苦手なので、自分の本当の感性には反映されきらないのが原因ではないかと思う。



最近理解できたタイプとして

C:まずは受け入れてみる。余程のことでない限り反論を表明しない。心からの同意はそれなりに頷き、またそれらしいことには小さく頷き。わかりにくいことには、反応を控え静思するような。少し時間が経ってから反芻。よく考え、心の中で賛同したり、「やっぱりアレ違うな」と。きちんと自分はもっている。


僕はAのたち悪い系。Cを目指したい。


N響みなとみらい特別公演。

posted by take at 18:39| 活動報告

2017年02月22日

遅くではなく速く


一番エスプレッシーヴォしたい場面で、テンポを落とし、たっぷり歌いたっぷり聞かせるという感覚と共に生きてきた。歌うならインテンポか遅くするか。

あえてテンポを速くしていき、しかしさっぱりとあっさりとではなく盛り上げるというやり方、激しくたたみこみ追い込む場面とは限らず、とにかく豊かなエスプレッシーヴォで涙を誘うが如く歌いこむ場面でのアチェレランドからの…


やはり、自分の音楽性を更に広げていかなくてはならない……大変だけど、やっぱりまずは感性に取り込んでみて。


N響みなとみらい特別公演。

posted by take at 09:53| 活動報告

2017年02月21日

表現の進化と自分


最近の世界的に認められている指揮者、新しい世代の音楽作りは、今までとは違うテンション、時間の使い方を感じます。

過去のスタンダードばかりが素晴らしいわけではないし、呪縛のように行き詰まり新たな潮流が生まれてこない時期もあったりするので、オーケストラの技術の向上に伴い新しい響き、価値観が生まれてくることは素晴らしいことですね。


テンションは高い方へ、そして響きは明るい方へ伸びた気がするので、逆に暗さとか陰鬱さという方向へのベクトル、その量もかつてとは違う気がします。

三次元的な話として、世の中が明るくなったのは確かなので、人の感性もそうなるのかもしれない。

ただ、暗くなりすぎて心病むということではなく、クリアーではない墨色のような暗き表現から、音楽的魅力を感じるということは失いたくない。


いずれにせよ、僕自身は新しい世代の表現、その魅力をまだ許容しきれない感じ。でも拒絶するのは愚かなことでしかないので、ゆっくりと自分の感受性を広げていきたい。


N響特別公演練習。

posted by take at 21:12| 活動報告

2017年02月20日

マエストロ・ヤルヴィについて


マエストロ・パーヴォ・ヤルヴィとの演奏会、良い本番が続いています。彼の人間性が垣間見られるエピソードをひとつ。


彼は練習の時の上着は、必ず無地真っ黒の長袖Tシャツ。夏は半袖だったかな?記憶曖昧。夏になったら確認します。

ただずっと、黒の無地シャツであることは確か。それ以外は見たことない。

おそらく、おそらくですよ、白い指揮棒がオーケストラ側から一番見えやすいのがそれだからだと思うんですよ。

彼のことを厳しく見つめる意見を聞く機会もあります。そりゃ、いろんな見つめ方があるでしょうから。

でも僕は、おそらくそういう理由で黒の無地シャツを着ているのだと思っている。というか、彼はそういう人間性なのだろうと思わされている。


N響特別公演練習。川越へ。

posted by take at 21:50| 活動報告